天使の到来

 

プロローグ

 

「私は全世界の警察を自由に動かせる唯一の人間、通称Lです」

 その番組は唐突に始まった。あらかじめ用意された枠ではなく、それまで放映されていた番組を前触れなく遮って、テレビのモニターいっぱいに現れた、装飾的なアルファベットの「L」。
 その時テレビを見ていた全世界の人間は、いっせいに口をぽかんと開けて固まった。何が起こったのか分からなかったのだ。中にはテレビの故障と考えたものも、不快に思ってチャンネルを変えようとしたものもいたが、チャンネルを変えても変えても現れる画像は同じだった。すべてのテレビ局の電波が同様にジャックされていた。

「…いいえ…、Lでした」
 声は無遠慮に続けた。世界中の意向など全くお構いなしという様に。

「私は今まで、世界中に起きた難事件を解決してきました。私がかかわったもので解決できなかった事件はありません。犯人は必ず検挙させ、トリックはすべて暴いてきました。しかし…私が挙げた犯人がすべて相応の報いを受けたかと言えば、そうではありません。脱獄し自由の身になったものもいれば、不正な金のやり取りなどで釈放されてしまったものも居ます。…それについて、私は決して愉快ではない思いでおりました」
 はっきりとした発音の英語。英語圏ではない国の人民は目の前の放送の意味が分からず、テレビの電源を消しはじめた。

「私は、自ら手を下さずに殺人を犯す手段を手に入れました」
 淡々と続く言葉は、内容が一気に不穏なものに変わり、言葉を理解しながら聞いていた人間は眉をひそめた。
「今まで私は悪に対し傍観しすぎていたと思います。今後は犯人を検挙し、死刑台へ送る手間を省き…、凶悪事件の犯人と私が判断した者については直接私が命を奪おうと思います。今述べた言葉が真実である証に、今日死刑になる予定の凶悪犯罪者を五人、殺します。死刑になるほどの罪ではない人間については、絶対に殺さないと約束します」

 一切の感情も抑揚もない口調で、声は五人の人間の名前を告げた。

「この五人があと一分以内に心臓麻痺で死にます。ご確認いただければ、私の言葉が嘘ではないと分かっていただけるでしょう。…世界の皆さん…、これは世界がよりよい方向に進むためのものだと理解してください…全世界がこれで必ず生まれ変われるもの…と…信じ…ます……が…犯人の奪命にまで手を染めた私…は…もはや探偵ではありま…せん……既に、私は…ただの……殺し屋」

 その場所で、言葉の途中でぷつりと、始まった時と同じく唐突に放送は途切れた。テレビは何もなかったかのように元の番組に戻り、テロップで放映におかしな部分があったことを謝罪したり、アナウンサーが直接頭を下げたりした。

 そして世界は騒然となった。あらかじめLの存在を知っていたものは特に驚異を抱き、放映が本物であると主張するものと偽と主張するものに別れ、激しく口論を繰り返した。
 放映によって初めてLの存在を知った者は、内容の真偽について議論した。

 そして、Lを名乗る者が言ったとおり、世界のあちこちで、その日死刑執行が決まっていた犯罪者が四人まで命を落としたことが、後に明らかになった。偶然と主張するにはあまりに条件が重なりすぎていた。徐々に状況が全世界に浸透し、英語圏以外の国でもニュースや新聞などで事の次第が騒がれた。
 世界は死刑執行人の存在を認める存在と、否定する存在に別れ始めた。

 そして、何の動きもないまま一ヶ月が経ち、人々の間からこの事件が忘れられ始めた頃、思い出したかのように急に某国で某犯罪者が心臓麻痺で命を落とした。それは誰もが認める凶悪犯罪者で、たしかに死刑になってもおかしくない者だった。
 人々はまた騒ぎ始め、Lの仕業だという強い声が高まった。そして、その日を境に世界各国で犯罪率が減り始めた。

Lはと言えば、例の放送以来、全世界の警察は愚か、どこの国の情報機関や上層部でさえ彼と接触することは出来なくなり、渡りをつけていた男すら全く連絡が取れなくなった。
 Lは世界から姿を消した。 
 Lの名は次第に忘れ去られ、そして、放送の最後…「既に私はただの殺し屋」という一文(Already,I'm just a killer)が途中で途切れ「I'm just a kira」と聴こえたことから、「キラ」と呼ばれ始めていた。

 一ヶ月に一度か二度、犯罪者が心臓麻痺で死に、キラの仕業だという声が高まり、ゆるやかに犯罪率が減っていく…それが何回か繰り返された。

 

 そして…一年がすぎた。
 

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