悪魔の日記

 

 

人を裁いていく作業は

ただそれ自体が意味のない

ルーティンワークのようだった。

 

3.キラ

 

 

 

 お前、捜査一課に向いてないよ。
 そう、教育係の相沢がため息混じりに漏らしたのは、松田が五人目の万引きを見逃した時だった。正確に言えば松田がその商品の代金を支払ってやったときだった。
 なんでそんなことするんだと聞かれて、悪い子に見えなかったから…と答えると、相沢は件の台詞を口にして、刑事は誰をも疑うのが仕事なのだから外見や雰囲気で判断するな、そんなことで捜査一課の仕事は勤まらない、改まらないようなら交通課や少年課に転属願いを出せ…いや少年課もお前には向いているどうか分からない、そんなようなことを訥々と諭し、何のために刑事になったのかよく考えろと〆られた。
 なんのために刑事になったのかと言われたらそこは松田には一番痛いところで、本人は一生田舎の派出所勤めでも構わないと思っていたのが、両親が親戚のツテでお偉いさんに頭を下げて警察庁にねじ込んでくれたというのが事の次第だ。そんな志の低い松田が、殺人や暴力を扱う捜査一課に配属されたのは本人にとっても何かの間違いとしか思えなかった。
 しかし松田なりに相沢の言葉を真剣に受け止め、交通課に転属願いを出そうとした矢先、状況は一変した。一年前から細々と続いていた『キラの裁き』が、年が開けた途端、爆発するように増加したのだ。
 さすがの松田もキラの名は知っていた。もっとも、前身である「L」の存在を知ったのはキラが誕生したその時だったが、今まで迷宮入りの事件を次々と解決してきた、世界一と言ってもいいほどの探偵である人物が、唐突に死刑囚を四人殺し、姿をくらましたこと…また、一ヶ月に一人か二人の頻度でその裁きが細々と続いていることは一警察官として認識してはいた。だが、その裁き自体は日本人にはほとんど及ばないものであったので、海を隔てた遠い世界で起こっているように感じていたのだ。
 ところが、先日年が開け、三が日を過ぎるか過ぎないかのあたりで、国を問わず時間を問わず、また刑務所内外を問わずに一気に心臓麻痺の死者が増えた。それも勿論、法を犯した「犯罪者」と称される人間ばかり、当然のように日本人も何十人も犠牲になった。日本警察はほとんどノータッチを決め込んでいたこの事件に対する姿勢を撤回し、「凶悪犯連続殺人特別捜査本部」を立ち上げ、前代未聞の人数を捜査に裂いた。したがってその末席に配置された使い走りの松田などは目の回るほどの雑用をこなす日々になり、転属願いどころではなくなってしまったのだ。

 その日松田は、前日終電ギリギリまで本部に残って資料作成をしていて朝寝坊したせいもあり、遅刻寸前で警察庁に駆け込んだ。
 通り抜けようとした受付に、ふと見慣れない人物の姿があるのが妙に気になり、急いでいたはずの松田は思わず足を止めた。

「どうしても捜査本部の方に直接お話したいんです」

 静かな、だが徹底的な意志の強さで紡がれる低い声に、それでも受付の人間は頑として首を縦に振らず、今日は帰ってくださいと何度も口にしている。
「昨日もそう言われました。今日は話を聞いてもらえるまで帰りません」
「だから、もし捜査に有力な情報でしたら我々から伝言しますから少しは信用して…」
「いえ、キラ事件の捜査本部の方に直接でないとお話できません。会わせていただけるまで帰りません」

 一歩も下がるまいという気負いでそこに立っている青年は、一種異様な雰囲気を醸し出していた。
 この真冬の時期に上はTシャツ一枚、下はサイズの大きなジーンズ、踵をつぶしたスニーカー。量が多く長さのそろわない髪は無造作にあちこちに跳ね、何より彼を異形に見せているのは痩せぎすの体を縮こめるような極端な猫背と、下目蓋にくっきりと目立つ何ヶ月も寝ていないかのようなクマだった。

 松田は逡巡した。受付の人間が頑なに捜査員との会見を拒むのにはワケがある。
 一週間ほど前、キラ事件にあたっていたFBIの捜査官が12人立て続けに心臓麻痺で命を落とすという事件があった。事件の特殊性上、状況や場所は世間に対しては伏せられたが、彼らが命を落としたのはこの日本国、首都圏付近でのことだったのだ。FBI捜査官がキラを追って日本に12人も人員を派遣していたということは、とりもなおさずキラが日本の関東に居るとFBIが睨んでいることになる。説明を求めた日本警察に対し、FBIは、「今回のことは一人の優秀な探偵に指示を仰いで行動した結果であり、当方としても非常に遺憾である」との回答を寄越した。
 兎に角、日本警察はこの件で一気に緊張感が高まり、地方警察から人員を集めるのと同時に秘密保持を徹底した。捜査内容を外部に漏らさないことは勿論、捜査本部の人員の顔や名前が回りに知られる恐れのある行動も一切禁じることになった。キラは高確率で日本の首都圏に潜伏し、あまつさえ、犯罪者ではない自分を追う人間をも殺すということが判明したのだ。捜査員の安全を守るため、会議等もほとんど顔の見えない暗い部屋で行われることになったし名前を呼び合うことも禁止された。キラ事件捜査に関わる警察官は表向きの担当や役職を与えられ表ではそれを名乗るようになった。首都圏にキラが居ると分かっていながら、身分を明かして聞き込みの捜査ができないという、普段足を使って仕事をしている現場捜査員にとってはジレンマな状況である。
 青年もあと一週間早く来ていれば誰かしらに話を聞いてもらえたのだろうが、今となっては直接話をするなど叶わないだろう。

「だから、今はキラ事件の担当とは話せないんですよ…」
「会わせていただけるまでここを動きません」
 青年は断固として動く様子がない。
「では、あとで電話させますから…」
「いえ、直接じゃないと話せません」

「あの」
 見かねて思わず松田は声をかけた。受付の人間が戸惑ったように青年と松田を見比べた。使いっぱしりの松田の顔など受付の人間は覚えていないようで、したがって末席とはいえ松田がキラ事件捜査本部の一員だということも分からないようだった。

「あの、…僕が取り次ぎましょうか…上司が捜査本部の人間なんで」
「…………」
 受付の手前、捜査本部メンバーとは言えず、言葉を濁しながら青年の気を引くと、彼は何を考えているのかまったくその色が現れない深淵の闇色の目で松田を見た。
「あの、信用できないなら…いいです…ケド…」
「いえ」
 青年はわずかにうつむいて立ち位置を変えると、改めて松田の顔を見た。
「では、あなたに取次ぎをお願いします」
「あ、はい、じゃあ、ちょっと待っててくださいね」
 受付の人間が何か言いたそうにしているのをあえて無視し、松田は青年を待たせて警察庁の階段を駆け上った。秘密保持の意味も理解しているし、この行動が危険に繋がらないとも限らない。松田を動かしたのは勘だった。普段の、「今回だけ見逃してあげればこの子はきっともう万引きなんてしない」というアレだ。青年の寂しげな背中が殺人犯と関係があるようには見えなかったということもある。

「馬鹿かお前は」
 案の定、相沢に叱責された。
「何のための秘密保持だと思ってるんだ!身元の分からない人間に、ほいほいキラ事件担当ですなんて名乗りながら顔を合わせられるか!」
「まあまあ」
 それを夜神総一郎がなだめる。次長である夜神は、現在キラ事件捜査本部の指揮を執る存在だった。

「怒鳴ってもしょうがないだろう。松田、その人に謝ってきなさい…自分がキラ事件捜査に関わっているとは明かすなよ」
「あ…はい」
 夜神にも青年の希望通り、直接話をする選択肢はないらしい。がっかりするだろうな…と思いながら松田が玄関口に戻ろうとしたとき、「いや…待て」と夜神が呼び止めた。

「モニタールームに行ってみよう」
「え?」
「ちょっと、その男性を見るだけ見たい」
 何の手がかりもない事件で、何が解決に結びつくか分からないと判断したのだろう、夜神は松田を連れて警察庁内の監視カメラの映像をすべてモニタリングできる部屋に向かった。
 映像で青年の姿を見て驚いた夜神が、自分が直接話すと言いだしたのはそれからすぐのことだった。

 

「竜崎くん」

 唐突に名を呼ばれ、青年ははじかれたように顔を上げた。
「夜神さん…まさか直接お越しいただくとは」
「やはり君か」
 夜神は複雑な表情をし、数秒ためらったあと、応接室に竜崎を案内した。何も分からない松田も、金魚のフンのように後をついていった。

 ソファに腰を下ろし、竜崎はすすめられたコーヒーをすすった。靴を脱ぎ、膝を折り曲げて体育座りの様な姿勢で椅子に乗るという彼のスタイルに驚き、松田は思わずぽかんと口を開けて青年を見てしまう。そんな松田の様子を気にすることもなく、青年はコーヒーに砂糖を投入した。指先で物をつまむような奇妙な持ち方も、松田の常識から大きく外れていて思わずその動きを目で追う。

「キラ事件のことで話があるとか…」
「はい、ですがここでは話せません。人に聴かれる可能性のない場所でなければ話せません」
「…竜崎くん、きみは、警察庁内に盗聴器などが仕掛けられているとでもいうのかね?」
「断定して言うわけではありません、ですが、夜神さんは先ほど私に会う前から私だということが分かっているという様子でした。事前に監視カメラ等で私の姿を確認したと思われます。それと同じ理由で、建物内に盗聴器の類が設置されている可能性は十分あると思います」
「………………………」
 夜神は少し口を閉ざし、考え込んだ。

「君の持ってきた情報は、キラ事件に関する有力な手がかりであると考えてもいいのか?」
「はい、事件の核心に迫る情報だと認識しています」
「それを、信じるに足る証拠や理由はあるのかな?我々も外で君と話すなら、危険を冒すことになる。そこは十分理解しているのかね?」
「理由ですか」

 竜崎はまっすぐ夜神の顔を見た。

「夜神さん」
「ん?」
「昨年、息子さんは、なんと言って渡英したでしょうか」

 急に暗号のような会話になった、そう思って松田は目をぱちくりさせた。青年は一体何を言い出したのだろう。
 しかし、夜神にはそれでも十分理解できる内容だったようで、数秒のち何かに思い当たったかのような驚愕の声を上げた。

「ま、まさか」
「はいそのまさかです」

 青年はスティックシュガーを数本も溶け込ませたコーヒーをそ知らぬ顔ですすった。

「し…信じられない」
「ですが事実です」
「……では………あなた…がこの事件の…!?」
「それは違います。私ではありません」
 ですから、解決したいと思っています…と消え入りそうな声で続けながら、青年はなおも砂糖をコーヒーに入れ、かき混ぜた。
 それから、ジーンズのポケットに指先を突っ込み、取り出した端末をやおら夜神の目の前に突きつけた。
「これは私に連絡を取るのに使っていただける携帯です」
「あ、ああ」
 夜神は受け取ると、それを一度開いて中を見てから、胸ポケットにしまいこんだ。
「捜査に協力していただきたいのです…日本警察全体とは言いません、数人の捜査官でいい、私の力になっていただけるような、そんな人間を紹介していただきたい」
「分かった…」
「人数と、軽い経歴を教えていただければ、最初の打ち合わせ場所と時間はこちらで指示します。場所はこちらで用意します…では今日はこれで」

 青年は椅子からひょこんと立ち上がると、スニーカーを引っ掛けて部屋を出ようとした。
「待ってくれ」
 その背に夜神が言葉を投げかける。
「気になっていたんだ、息子とは、どうなっているんだ?」
「……どうなっている、とは?」
「その」
 言いにくそうに夜神が言葉を濁す。
「月は、彼女が出来たと…最近はずっと、その女性の家に入り浸りで。どういうことなのか…」
「…………私には分かりません」
 青年は振り向くと、少し首をかしげた。
「月くんには、もうずっと会っていませんから」

 その時の青年の寂しそうな表情があまりに印象的で、松田はそれが彼の初めて見せた感情だからだと気付いた。

 

 

 

 

 自室に入ると、竜崎はコーヒーメーカーをセットし、三台のテレビの電源をいっぺんにつけた。三つのチャンネルのうち二つが今ニュースの時間帯らしく、キラの事件を扱っている。
 ソファに座ると、竜崎は膝を抱えた。

 最後に月と会ってから二週間が過ぎた。結局月から連絡はなく、自分から電話をかけても出ることがない。思い余って自宅の近くまで行った事も何度かあるが、彼の部屋の窓に明かりがついている夜はなく、訪問できないまま帰ってきた。
 あのあと、月と一緒に選んだマンションの部屋を購入し、最低限の家具を揃え入居したが、それを知らせようにも月とは連絡がつかないまま、ずっと一人で過ごしている。まるでイギリスでのあの日々に戻ったかのようだった。
 それとは別に気になるのは、今世間で「キラ事件」とされて騒がれている、犯罪者を襲う心臓麻痺だった。もとはといえば、最初に犯罪者を裁いたのは自分だ。死刑囚を四人殺し、今後も続けると言い残して姿をくらました。その後、模倣事件や情報操作が続き、「キラ」そのものは生かされていたらしい。もっとも竜崎の知るところではなかったのだが。
 しかし、今回のこれはそんな作られたおざなりな影のようなものとは違う。明らかに誰かがひとつの意思を持って大量に人間を殺している。それもおそらくあのノートで。
 二冊目のノートが存在するということはあるのだろうか。少なくともこんなに立て続けに心臓麻痺で人が死ぬという事件を今まで自分は知らない…しかし普通なら、普通の人間なら一度使ったら怖くなってやめるか、もしくはそうと分からないように殺し方を偽装し私利私欲のために利用するかだろう。こんな確実に同一犯のものと知れるやり方で自分と関係のないだろう人間を次々と殺していくだろうか。殺し方は心臓麻痺だけではないのだ。だから、今まで知られていないだけでノートが使われたことがあったのかもしれない。もっとも丁寧に使い方の説明が書いてあったとは限らないが。

 こんな方法でノートが使われている以上、現在考えられる犯人の目的は大雑把に言えば二つだ。
 一つ目は世界を粛清すること…悪人を殺し、世の中を自分の価値観に近づけていく。
 二つ目はこの殺し自体がカモフラージュである場合。殺したい人間が居るが殺せば疑われる立場に自分がいる…その場合、キラの仕業に見せかけて無差別に人間を殺していき、その中に自分の目当ての犯罪者を紛れ込ませる。それであれば、殺人がすべて心臓麻痺で行われているのも理解できる。

 もし…ノートを使っているのが月だった場合。
 二つ目の理由が彼に当てはまるだろうか。殺したいほどの相手など彼に居るのだろうか。聞いたこともない…一応、ここ数日で徹底的に彼の過去を洗ったが、非の打ち所のない優等生人生で、他人を恨むことになるような過去は一切ない。
 では、一つ目の理由だったら…?
 月があのノートで世界を粛清しようとしているのだったら。
 『L』に会いたいと願った彼は、何をして自分を憧れの人物と掲げたのだったろうか?
 どうして、Lに会おうと思い至ったのだったろうか?

 ああ…。
 竜崎は頭を抱えて丸まった。どうか間違いでありますように。自分の考えが、外れてくれてますように。
 何が悪かったのだろう。どこで間違ったのだろう。ノートを、もっと早い時点で手放しておけば…イギリスに居る間にノートを貸し金庫に預けていれば…あの時何が何でも月にノートを渡さなければ…。こんな風に今こうしてやりきれない不安と孤独を抱えていることもなかったのだろうか。どうすればよかったのだろうか。

 湯の落ちる音がなくなり、コーヒーの香りが鼻腔に届いた。

 ピピピピピ ピピピピピ ピピピピピ

 電子音が鳴っている。竜崎はポケットから携帯を出し、開いた。液晶画面には「Near」という文字が映しだされている。
 気が進まなかったが通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。

『L、変わったことはありませんか』
「……日本警察に協力を要請できました」

 ニアの声からはいささか険が感じられた。いつもどおりといえばいつもどおりだが。
「そちらは?」
『FBIから今後の協力を拒まれました』
「…すみません」

 ニアは現在ニューヨークで、探偵ドヌーヴとして警察に対してかなりのコネを持っている。そのツテを通じて日本国内でのキラ捜査の協力を要請したのだが、結果は捜査官12人の心臓麻痺という結果に終わった。

『これにより日本警察の機密保持が固くなり、入り込めなくなるのではと懸念していたので、無事協力を仰げたのでしたら結構です。それよりも私はあなたに問いたいことがある』
「なんでしょうか」
 ニアの台詞に、竜崎は心臓に重苦しい影がかかるのを感じた。彼は十中八九、これから自分の触れられたくない話題を口にしようとしている。

『キラはヤガミ・ライトではないのですか』
「…………」

 ああやはり。竜崎は返事をせず、促すように沈黙の間を取った。
『唐突に増えた犯罪者の心臓麻痺は、どう考えてもあのノートによるものです。あなたは、あのノートを実は燃やさずに身につけていたのではありませんか。それをヤガミに奪われ、彼がキラとして裁きを受け継いだのでは?』
「あなたがそう言う根拠はあるのでしょうか」
『今キラをやっている人間は頭が切れる。私はヤガミ・ライトとは二回会ったきり、二日しか行動を共にしませんでしたが、あの青年は実に頭の回転が速い…また、心理テストを行った時、微かではあるが、あなたに対する歪んだ執着と、善悪についての一種危うい思考を感じた』
「善悪に対する…」
『好青年ではあったが、一歩間違えると悪人を一掃しようと考えないとも限らないということです。あなたはヤガミと今連絡を取っていますか。ノートを奪われ、逃げられたのではありませんか。そうでなくては、あなたが私にFBIの協力を要請させてまで早急に事件を解決しようとすることへの説明もつかない』

 ニアは後継者候補の中で一番Lに近いと言われていただけあり、卓越した鋭い思考を持っている…竜崎は喉の奥で小さく唸り、目を閉じた。自分が外れていてくれと願う推理を容赦なく言葉にして叩きつけてくるニアとの会話は、今の竜崎にとっては重すぎた。
「確信が持てないのであなたが正しいかそうでないか私には分かりません。ですが、私がノートを燃やさず持っていて、それを不注意により手放したという事実はニア、あなたの言うとおりです」
『ノートは今どこに?』
「分かりません。分かっているのは、処分されてはいない…ということのみです」
 もしノートが処分されているのであれば、自分のノートに関する記憶が失われているはずだ。

『L、ノート一冊探すことくらい、あなたにとっては造作もないことなのでは?』
「いいえ、買いかぶりすぎです…以前の私ならともかく、今の私は一民間人に過ぎません。Lとしての権力もコネクションもほとんど失った。でなければあなたにFBIへの協力要請を頼んだりしない」
『…分かりました。では、他に何かご協力できることがあればいつでも申し付けください』
 ニアは不機嫌そうな声で告げると、電話を切った。

 竜崎は携帯をポケットにしまうとうなだれた。
 ニアが慇懃無礼になる気持ちも分かる。月と一緒に日本に行くと告げた時も、なぜわざわざ日本までなどと問われた。その挙句がこの始末では、顔向け出来ようはずもない。今後ニアには協力を頼めないだろう。
 メロとマットの方がまだ日本行きに関しては寛容な意見を寄越してくれていたが、だからといって彼らに協力を頼むのも難しい。FBIが12人殺されたことを考えると、あたら若い命を危険にさらすに忍びなかった。

 

 腹をくくれ。

 竜崎は椅子から降りると、窓際に立った。曇天の垂れ込める空が視界に入る。
 覚悟を決めよう。今、自分は月から挑戦状を叩きつけられているのだ。
 ならば、堂々と受けようではないか…甘い記憶は断ち切り、ノートを取り返すことにのみ集中せねばならない。それこそが『L』であった自分の矜持でもある。自分がやらかした不始末の責任をとらなくてはならない。
 夜神月…お前は今どこにいる?何を考えている?

 

 ピピピピピ

 携帯が鳴った。

 開くと、夜神総一郎に渡した携帯からだった。


 

 

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