ここにキスして

(※このSSは分岐小説です。選択によって展開とラストが変わります)

 

 彼のことが好きだ…
 そう気付いてから、もうどのくらい経つだろう。
 窓から見える夕暮れの雲が、今の自分の心境のように街を覆っているのが見上げる視界の端にうつる。
 仕事の時はいつも一緒で…でも、想いを伝えることも出来ず、ずっと隠してきた。だって、受け入れてもらえずはずなど、ないじゃないか?自分は男で…彼も男で…。
 でも、叶うなら…
 もし、この気持ちを抱えたまま身動きできずにいた長い片恋に終止符を打つことが出来るのなら。それがどんな結果でもいい…伝えるだけでも、伝えたら…彼はどんな顔をするだろう?軽蔑する?嫌がる?
 それとも……
 顔を思い浮かべるだけで胸に切ない痛みが走り、目を閉じてうつむく。
 今日…。告白しよう。

 

「お疲れさま」
 珍しく四宮が、笑顔でテルに話しかけてきた。
「おう」
 机の傍らの四宮を、座って見上げながらテルが返す。今日の四宮、なんか機嫌いいんだな、そう思うとテルは少し嬉しくなった。
「ねえ、今日さ、このあと空いてる?話したいことがあるんだけどよかったら一緒に夕飯どうかな」
「え?」
「勿論おごるから」
 テルは驚いて目を大きく見開いた。
「おまえ、一体どういう風の吹き回しなんだよ?オレにおごってくれるなんて…明日は雪でも降るんじゃないのか?」
「この真夏に馬鹿なこと言うなよ…」
 四宮は少し声をひそめると、テルに顔を近づけた。
「ボクも、申し訳なく思ってるんだよ、前に兄さんに寿司をおごったんだろ?」
「え?ああ…」
 テルは顔を引きつらせた。おかげで給料日まで極貧生活だったあの時を思い出す。
「でもおまえのせいじゃねーし、おまえは関係ないから…」
「そう言うなよ、いつか兄さんのかわりに償おうと思ってたんだ…それともボクのおごりなんてイヤなワケ?」
「うーん……」

「分かった、行く!」
「ちょっと今日は都合が…また誘ってくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント?よかった。何が食べたい?」
「べ、別になんでも…あ、出来れば寿司以外がいいかな…」
 テルが苦笑いしながら言うと、四宮は失笑した。
「了解。ボクのお薦めの店に連れて行ってやるよ」

 

 四宮がテルを連れていってくれた店は、ログハウスのような雰囲気の、照明が少し暗い店で、気を使わなくとも良さそうな店内の様子にテルは安心した。

「おまえのことだから、もっとかしこばった店に連れてかれるかと思った!」
「キミのことはよく知ってるよ」
 四宮は苦笑した。
「えっと〜じゃ、オレ、タンドリーチキンと…」
「オススメコースにしない?その方が楽だよ」
「え?じゃそうする」
 四宮は微笑みながらテルの手からメニューを取り、店員を呼んでオーダーを終わらせた。

「…で」
「ん?」
「話したかったことなんだけど…」
「あ、そういえばなんか話があるって言ってたっけ…」
「忘れてたね?」
「ご、ごめ…」
 てっきり怒られる?と思ったが、四宮は柔らかく微笑んだ。
「四宮……?」
「まあいいや、話は料理が来てからにしよう。今日、きっとなにか用事があったんだね?なんか無理につきあわせたみたいで申し訳なかったよ、ごめんね」
「え?そんなことねーよ、おまえが誘ってくるなんてビックリしただけで…」
 店内の各テーブルの上から下がっている淡いランプの光が四宮の顔をてらしている。
 それは病院でも、また病院以外の今まで彼と一緒にいたどの場所でも見たことのない表情で…テルは少しドキドキした。

 少ししてから運ばれてきた料理は、さすがに味にうるさそうな四宮のお薦めの店だけあって絶品で、テルは舌鼓を打った。
「ここいいなー、おまえ、オレよりあとから引っ越してきたくせに、店情報とか詳しいよな、なあ、ここって高かったっけ?」
「いいや、高くはないよ」
「じゃあ、また来ようぜ、今度は他のみんなも誘ってさ」
「そうだね…」
 四宮は微笑んで、フォークを口に運んだ。

「で、話って何?」
 テルが折を見て尋ねると、四宮は真剣な表情でフォークを置き、水を一口飲んだ。

「…キミに相談したいことがあるんだ」
「え?」
「…好きな人が居るんだ……ヴァルハラに」
「あ、ああ…そうなんだ…ってまさか」
 テルは表情を暗くした。
「オレに相談って…あ、綾乃さんとかじゃないよな?」
 四宮は無言で首を横に降った。
「…女性じゃないんだ」
「え…」
 テルは目をしばたかせて四宮を見つめた。
 女性じゃないということは…。

「軽蔑する?」
「い、いや、そんな…軽蔑なんて…そういうのって、他人が…なんか言うようなことじゃないし」
 思わず言葉に詰まってテルはうつむいた。
「ごめん、いやな空気にしちゃったね」
「そんなことねーよ…」
 言いながら、テルは四宮を見た。
 どうしてオレに相談するんだろう……一体誰のことが好きなんだろう?
 どんな風に、どんな表情で、その人のどんなところを、想っているのだろう。
 自分の心臓がゆるやかに、いつもより拍動のスピードを増すのを感じる。
「そ…んで…相談って」
「…こんなことキミに相談するのも変だけど…協力して欲しいっていうか…知っててほしかったっていうか……実は…今日、その人に告白しようと思うんだ」
「えっ今日?」
 テルは驚いて思わず大声を出し、それから口を押さえた。
 いつもなら呆れるか注意するかするだろう四宮も、今日は何も言わない。
「ご、ごめん」
 テルは口を押さえたまま、恐る恐る四宮を見た。四宮は苦笑している。テルもなんだか嬉しいような気恥ずかしいような気分になって、彼につられて笑った。

「誰のことが好きなんだよ?」
「分かった、協力してやるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっか…残念。じゃ、また」
 四宮は少しさみしそうに言うと、テルの机を離れた。
(…ちょっと悪いことしちまったかなあ…)
 医局を出ていく四宮の背中を、テルは八の字眉で見送った。

 でも、今日は…。
 今日は、絶対、病院に残って、やろうと心に決めたことがあるのだ。
 せっかくおごるとまで言ってくれた四宮には悪いけど、今日は応じられない。
 テルはちらっと、隣の部長席を見た。席の主は現在不在のようだ。
 …彼に…言わなくてはならないことがある。

 

 時刻が夜にさしかかった頃。
 医局に入ってきた北見にテルは振り向いた。
「テル、おまえだけか」
 北見は医局を見渡しながら席についた。
「うん、みんな帰っちゃった」
「そうか…」
 北見も帰る用意をしている。
「北見ももう帰んの?」
「ああ」
 テルの心臓が大きく高鳴った。今、言わなければまたしばらくチャンスはないだろう。

「あ…あの…北見………」
「なんだ……?」

「話があるんだけど…」
「い、いや、やっぱりなんでもないです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単刀直入に聞いてきたテルのセリフに、四宮は少し驚いたように目を見開いた。
「だ、だって、誰のことか知らなかったら、協力とかさ…で、出来ねーじゃん?」
「そう…だよね」
 その通りだよ…と続けながら、四宮は苦笑いした。
「なんか失念してたな…先に、テル先生に告白することになっちゃうのか」
「あ、そ、そっか」
 四宮としては真っ先に本人に告白したいだろう…。

「…キミも…」
「え?」
「キミもよく知ってる人だよ」
「え……」
 四宮の台詞にテルはしばしとまどった。
「…見てて…分かるだろう?」
「……………あ……う…ん……」
 もしかして北見…?
 いや、それしか考えられない。四宮は北見を追ってヴァルハラに来たのだし…今も、いつでも北見のことを見ている。それは、医師として、追いつくべき背中としてと思ってたけど…本当は…本当は……

「好きなのって、北見?」
「誰のことか全然分からないや…でも頑張れよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 テルのセリフに、四宮は顔をほころばせた。
「ありがとう…テル先生」
「はは…おまえにそんな殊勝なこと言われるとなんかこそばゆいよ、四宮、このあいだから、ちょっとおかしーぜ?」
「まあ…そうかもね」
 なんたって、キミに相談するくらいなんだから と、四宮は続けた。
「え?」
「テル先生、ボクとはじめて会ったときから…感じてたろ?ボクはキミのこと、ずっと恋のライバルだと…思ってたんだぜ」
「四宮…じゃあ、おまえの好きなの…」
 そうか…そうだよな…考えてみりゃほかに四宮が好きになりそうな相手なんか居ない…北見以上になんて。

「四宮。おまえ、おっかしーよ」
「…そりゃ…ボクも思うけど…さ…男のくせに…」
「じゃなくて。オレのことライバルなんてさ。そりゃ最初はおまえのこと、いけ好かないやつだって思ったけど…オレは、今のオレは…絶対お前の味方だから」
「テル先生……」
 苦笑した四宮の目元が、ライトの下で少し潤んだように見えた。
「さ、いこーぜ。今日、告白するんだろ?」
「う、うん、デザートはいいの?」
「善は急げっていうだろ…あ、でもデザートは食べてこうかな」
 テルは少し情けない笑顔で、席に座り直した。

 食事を終えてから、二人は北見の自宅に向かった。
「そっか、おまえ、オレに北見んちの場所教えて欲しかったんだ…こんな時間に部屋に押し掛けるなんて、勇気ある〜〜〜」
「病院じゃできないもの…」
 からかったつもりが、全然元気のない声で返されて、テルは少し言葉に詰まった。
 同時に少し胸が痛んだ。
 こんな風にいつもと違う様子の四宮が…北見を思うゆえだなんて。北見のためだなんて。応援してあげたい気持ちは勿論本物だけど、でも胸の奥のどこかに、すこしすきま風が吹いたような気がした。

「ここの11階だぜ、北見んち。表札でてるから分かるよ、S.KITAMIって」
「ありがとう」
 四宮は微笑んだ。
「一旦キミを、キミんちまでおくっていくよ」
「バッカ、いいよ、こっからオレんちなんて走って帰れる距離だしさ。それより早く行かないと、北見寝ちまうかもしれないぜ」
「う、うん……」

 テルは車を出て、地面にポタポタと雨脚がシミを作っているのを見た。雨が降り出したようだ。傘は持っていなかった。

「じゃーな!頑張れよ!」
「ごめん…やっぱ、うちまで送ってくれる?雨ふってきちまった…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…話し……?」
「うん…」
 テルはうつむいたまま、ポケットから何かを出した。
「これは…?」
「北見への手紙」
「………………………………………」
 北見は封筒から便箋を取り出すと、内容を読んで、眉間にシワを寄せた。
「…これを、どうしておまえが?」
「あ、あの、オレの机に置いてあったので…間違えて…」
「ここに書いてある、手作りの菓子というのは?」
「オレ宛かと思って間違えて食っちゃいました! すいませんっ!!」
 テルは謝ると、そのまま頭を下げ、しばらく頭を下に向けたまま固く目を閉じていた。
 北見宛の、患者さんからの手紙と菓子を、自分の机に置いてあったからといって、確認もせず黙って食べて、持ち帰って…気付いたあとも、言い出すのが怖くて三日も放置してあったのだ。大目玉を食らって当然だ。
 何故自分の机に置いてあったかは分からないが、恐らく言付かった他の医師かスタッフが机を間違えたのだろう。

(北見…怒ってる?)
 恐る恐る目を開け、ちらっと見ると、北見は思いがけす優しげな微笑で、テルを見下ろしていた。
「しょうがないな…おまえは」
「お…怒らないんすか?」
「こんなことくらいで怒ってたら、おまえとつきあってるうちに胃に穴が空くよ」
 北見は白衣のポケットに手紙を放り込むと、帰る用意をはじめた。
「あ、か、帰るんすか?」
「ああ…おまえは?」
「オレも帰ります」
「送ってってやるか?」

「ホントッスか?ありがとうございます!
「いや…遠慮しときます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テルは、慌てて北見に背を向けると、医局を飛びだした。
 いざとなったら怖じ気づいて何も言えない…馬鹿だ。
 今日こそは北見に告白しようと思ったのに…北見のことが好きだと…誰よりも、好きだと……大好きだと。なのに、北見と、面と向かったら急に胸が苦しくなって…。

 なんて…意気地なしなんだろう、オレは。
 他のことなら、なんだって…何も考えずに走り出せるし、どんな恐怖も克服できるのに。
 こと、北見のこととなると…自分の気持ちと向き合うのにも、ものすごく勇気がいった。
 今日こそ告白しようと…決めたのに…。なのに………。
 テルはしばらく走ったあと、とぼとぼと廊下を歩いた。

 一時間ほど経って…
 屋上で気持ちを落ち着けたあと、医局に戻ると、そこにはまだ北見が一人で居た。
 だが、疲れているのか、椅子の背もたれに体をあずけて、目を閉じている…
 テルはそんな北見の姿を見て、目が潤むのを感じた。
 きっと、これからも、北見に告白なんて出来ないんだ。
 これからも、告白しようとしてこうやって、怖じ気づいて、何も出来ないまま、彼の姿を見送って…言葉を飲みこんで…気持ちを押し殺して…
 こんなに…北見が好きなのに。

 テルは、北見の側まで来ると、彼の顔を覗き込んだ。
 長いまつげが目元に影を落としている。
 唇が少しだけ開いていて…すっと通った美しい鼻梁、綺麗な肌、端整な顔立ち…
 …好きだ…
 テルは、思わず、心のままに、北見の顔に自分の顔を近づけた。

 

どこにキスしますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四宮は、些か目を見開いた。
「随分、不躾に聞くね」
「ごめん」
「いいけど…ま…その通りだよ……」
「…あ……そうなんだ」
 テルは続く言葉を失って、うつむいた。そうだよな、やっぱり、そうなんだ…。
 北見のことが好きなんだ………………
 その事実だけが、テルの頭の中でグルグルと回り始めた。
 …四宮は北見のことが……。

「…テル先生?」
 四宮の声で我に返ると、彼が覗き込んでいて、驚いた。
「あ…ごめん」
「ちょっと驚いたよ、急に黙り込むから…そろそろ出る?」
 デザートの皿の上では、アイスクリームが溶けて広がっていた。

 

 車に乗り込むと、四宮は黙って発進させた。
「じゃあ、送るから…」
「ン…」
 しばらく気まずい雰囲気が車内に訪れた。音楽でもかければいいのに…そう、テルは思った。

「あの、今日、告白するんだろ?今日、これから北見の家に行くのか?」
「……やっぱりよすよ」
 四宮はテルの方に視線は向けずに、運転したまま言った。
「え?今日はやめるの…か?明日するのか?」
「告白はよすよ」
「……………」
 テルはしばらくなんといったらいいか分からず、四宮の横顔を見つめた。

「……なんで?」
「……ごめん……キミを、試したんだ」
「え?」
「…周りの人間がどういう反応するか分からなかったから…一番顔に出やすいキミで…」
「…それってどういう……」
「…北見先生に告白するのはやめるよ」
「……………………」
「ごめんね」
 テルは何も言えずに呆然としていた。

 

「じゃあ、明日…病院でね」
 四宮はにっこり笑って手をふると、車を発進させ、見る見るうちに小さくなっていった。
「……………………」
 テルは四宮の車を見送ると、自分のアパートに入った。
 足跡がやけに大きく耳に響く。
 部屋に戻ると、テルは布団の中に入って、毛布を被った。
 …オレの態度のせいで…
 もっと、親身になってあげて…応援してあげて…そうしたら、四宮は自分の想いを北見に告げたんだろうか。もっと勇気を振り絞ったんだろうか。
 自分がひどい人間に思えてしょうがない。

 テルは自己嫌悪に苛まれながら、何度も四宮に対する謝罪を呟いた。
 涙が止まらなかった。

 

 BAD END

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「…テル先生」
「え?」
 四宮の苦笑に戸惑ってかテルが聞き返すと、四宮は紙ナプキンで口を拭きながらテルを指差した。
「顔が、引きつってるよ」
「えっ嘘ッ、ご、ごめん…」
 テルは慌てて口を押さえて、目を白黒させている。思わず四宮は堪えられず笑いを漏らした。

「そろそろ出ようか…食事も終わったし」
 四宮の声に、慌ててテルは頷いて、立ち上がった。
「きょ、今日はどうもゴチソーサマ……」
「どういたしまして」
 四宮は伝票ホルダーを顔の高さで軽く振りながらニヤッと笑うと、先に立ってレジまで移動した。テルはその背中を追うように、自分のつま先を見ながら歩いた。

 テルが助手席に乗り込むと、四宮は黙って車を発進させた。
 そのままなんの会話もなく、フォルクスワーゲンはテルの家までの帰途を辿る。
 信号待ちの時間、四宮はルームミラーを通して、テルの顔を盗み見た。どことなく気まずい表情でテルはダッシュボードや窓の外のイルミネーションを見ている。

「…テル先生」
 車を停めて四宮が呼ぶと、テルはビクッと振り向いた。
「えっな、何?」
「着いたよ…キミンち」
「えっ、あ、あ…ホントだ、どうも…サンキュ」
 テルはぼそぼそと礼を言うと、助手席を降りようとした。

「ねえ」
 ドアに手をかけたタイミングを見はからって、四宮はテルの腕を掴んで引き止めた。
 テルが目を大きく見開いて振り向く。一瞬、街灯の光を映してテルの瞳がキラリと光った。
「誰だと…思ったの?」
「え?」
「ボクが好きな相手…誰のことだと、思った?」
「それは…」
 テルは四宮の顔を見たまま、一層大きく目を見開いた。薄暗い車内の中で、眼球の白目の部分がやけに際立って見える。
「北見…かな…って…」
「北見先生だと…思う?」
「だって他に居な…」
「よく考えて…」
 四宮はテルの手を取り、手の爪に自分の指先を重ねた。
「北見先生よりも、キミがよく知ってる人…他にいない…?」
「北見よりも…って…」
 テルは当惑した表情で四宮を見ている。
「誰…?うちの医局…?」
「そう…」
「片岡先生…?それとも…沖先生…?で、でも、北見よりってことは…」
「違うよ」
「じゃあ他に…」
「いるだろ……」
「……………………………」
 テルはしばらく四宮を見つめたまま言葉をなくしている。
「…テル先生…?」
「外科医局で…北見でも、片岡先生でも沖先生でも…ないのか…?」
「そう…」
「で…おまえじゃない…よな…ってことは…」
「そうだよ…」

 途端テルが顔を真っ赤にして、困った表情を見せた。
「…お…れ…?」
「他にいないだろ…」
「四宮、おまえ、さあー……」
「…いやだった…?」
「…………」
 テルは首を横に振った。
 途端にその顔がクシャッと歪んで、涙が頬を転がり落ちた。
「テル先生…?」
 些か戸惑った気分で四宮が呼ぶと、テルは視線を下に落とし、四宮から顔を向けた。
「み、見んなよ…」
「テル先生」
「だって…ッ…オレ、さっきまで、おまえが…おまえは北見のこと好きなんだ…って…思ってたから…だから、違うんだって…思ったら…なんか…」
「テル先生…」
 四宮は指の腹でテルの涙を拭うと、テルの顎に手をかけた。
 テルの大きな目が、不安そうに四宮を見上げている。
 四宮はテルの顔にそっと唇を寄せた。

 

どこにキスしますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テルは四宮が雨に気付いていないうちに、と思い、車を離れて駆けだした。
 雨脚はどんどん強くなってくる。
(やばい、こりゃ明日は風邪っぴき決定かも…)
 と、テルが弱気になって顔を歪めたとき、背後からクラクションの音がした。
「テル先生!」
 雨に半ばかき消されつつも自分を呼ぶ声も聞こえる。振り向くと案の定四宮の車が、自分を追ってきていた。
「四宮、いいのに!」
「乗れよ!とにかく」
 窓から顔を出しながら四宮が助手席をさす。
「シート濡れちまうよ」
「いいから…!」
 無視して走っても四宮は追ってくるのだろうし、そこまで煩わせるのも申し訳ないと思い、テルは再び四宮の車に乗り込んだ。
 ドアを閉めたとき、テルの心臓が、差し込むように痛んだ。
「…キミの家まで送るね…」
「四宮、おまえ、どうして…追ってきたんだよ!」
「だって…」
「来なかったら気付かないまま、誤魔化せたのに………!」
 テルは座席に座ったまま、うずくまって顔を覆った。
「何…?言って……」
「オレ…!おまえのことが好きなんだ……!」
「え…」
「おまえが北見のこと好きなみたいに…!」
「……………」
 四宮はしばらく何も言わないまま、車を運転し、やがてテルのアパートの前で停めた。
「…着いた…よ…」
 四宮の小さな声に頷くと、テルは四宮の車を出て、一度も振り返らずにアパートの自分の部屋に駆け込んだ。濡れたまま服を脱いで放りだし、布団に潜り込む。
 しかし、その夜は結局朝まで一睡も出来なかった。

 

 翌日。
「おはよ」
 病院で会った四宮はいつも通りに少し皮肉っぽく微笑むと、テルの斜向かいの自分の席に座った。
「おはよう…」
「昨日ちゃんと寝たの?目の下にクマ出来てるよ」
「寝てねーよ」
 ぶっきらぼうに答えたテルの返事に、四宮は少し寂しげな笑顔で答えた。

「…四宮、昨日…あのあと…」
「…まっすぐうちに帰ったよ」
 四宮は肩をすくめた。
「…ごめん…オレ…」
「謝らないでよ」
「だってオレ、おまえの邪魔して…」
「…しょうがないだろ」
「しょうがないって…だっておまえ…」
 そこに、医局に北見が入ってきたので、二人の会話は途切れた。

「北見先生おはようございます」
「…おはよう」
 元気良く挨拶した四宮に、北見は面倒くさそうに応えると、自分の席に着いた。

「だって、おまえ、それでいいのか…?」
「ままならないのが恋愛だもの…それとも」
「…?」
「確実に脈がある方を、少し考えてみようかな」
 思いがけず返された四宮の笑顔に、テルは戸惑って口をつぐんだ。
 そこに、仕事中の私語は慎め、という外科部長の怒声が飛んだ。

 

 BAD END?

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 一旦車を降りかけたテルが、また戻ってきてそう言うのを、四宮は少し面食らったような顔で見ると、微笑んでドアを開けた。
「勿論。どうぞ」
 いつもより優しげな声色に、安心してテルは四宮の隣に再び腰を下ろした。今日は四宮の皮肉や憎まれ口を全然聞かないのが、何故か嬉しくてしょうがない。

「本降りになるかな」
 ワイパーを動かし、四宮が呟いた。
「さあ…どうだろ?」

 しばらく走って、テルのアパートの前に着き、四宮はドアロックを解除した。
「お疲れさま。明日、病院でね」
「ああ…おまえ…」
 テルは車を出る前に振り向くと、

「頑張れよ!」
「やっぱ…ちょっと待って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テルは満面の笑顔で応えた。
 外は薄暗く、アスファルトの濡れた臭いが夜気と一緒に鼻腔に届く。どうやら雨のようだ。普段仲のあまりいいとは言えない北見でも、こんな時に送ってもらえるのはやはり有難い。

「じゃ、さっさと帰る支度しろ…ぼやぼやしてると置いてくぞ」
「うぃっす!」
 テルは慌てて自分も帰る支度をはじめた。

 北見の車に乗るのははじめてで、テルはシートの上で居心地悪そうに身体を縮ませた。
 自分から誘ったくせに、北見は運転しながら全くと言っていいほど口を聞かない。しばらく、車内に冷たい沈黙が重く流れた。

「す…すごい雨ッスね、本降りになるのかな…」
「ああ…」
 北見は、聞いているのかいないのか分からないような返事をテルに返した。

 やがて、車はテルのアパートの前に止まり、テルは礼を言って車を降りようとした。
「どうも、ありがとうございました…って…」
 テルは困った顔で北見を振り向き、苦笑いした。
「北見センセー、ドアロック、かかったまんまですよ、開けてください」
「……………」
 テルの声に、北見は緩慢とした仕草で視線を向けた。

「…!?」
 一瞬何が起きたのか分からず、テルは体を硬直させた。
 北見にキスされているのだと気付くのに少し時間がかかった…気付いたあとも衝撃で、全然手足を動かすことが出来ない。
「何…すんスか?」
 ようやく離れた唇から、テルは震える声で問うた。唇は離れたものの、北見に掴まれた肩や、もう片方の手で抱えられた腰はまだ解放されてはいない。
「どうしてすぐに手紙を渡さなかった…?」
「え…?」
 北見のセリフが理解できず、テルは眉をひそめた。
「さっき言ってた、手紙だよ…何故、すぐに渡そうとしなかった…?」
「それは…」
 北見に叱られるのが怖くて…と、答えは頭に出ているのに、唇が動かない。
「手紙の主に嫉妬したからか…?それとも、オレに…近づくのがいやだったのか…?」
「違ッ…」
 テルは首を振った。
 違う…そんな理由なんかじゃない。だが何故か、舌が口内に貼り付いたようで…その口を、北見がもう一度塞いだ。

「例えどっちだったとしても、オレの気持ちは変わらないがな…のこのこ、車に入って来やがって」
「何を…!」
 北見の手が、テルの服の中に入り込んでくる。
 しばらく後響いたテルの悲鳴は、雨音にかき消された。

 

 BAD END

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 テルは頭を掻いて照れ笑いすると、北見に礼を言って、医局を出た。
 北見には申し訳ないが…
 先ほど、四宮の誘いを断ったのを思い出す。もう病院には居ないだろうが、もしかしたら、今からでも四宮に連絡を取ったら間に合うかも知れない。

「もしもし」
 携帯に電話すると、四宮の声が機械を通して耳に届いた。
「テル先生、どうしたの」
「あ、おまえさあ、もうメシ食った?」
「いや、まだだけど…今、病院を出て駐車場に向かってるところだよ」
「さっきは断ったんだけど…今日、このあと空いたからさあ…もしおまえさえよかったら、さっき言ってたの…今からでもいいかなあ、って思って…」

NEXT

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に低くなったテルの声に、四宮は少し戸惑って聞き返した。
「テル先生?」
「……なんで…なんで、北見なんだよ?」
「え?」
 四宮が眉間を寄せる。テルが何を言ってるか、よく分からない。

「オレだって…オレだって、おまえのこと…!」
「テ…ル先生?」
 テルのただならぬ雰囲気に、四宮はなんと言ったらいいか分からず、硬直して彼を見た。
「北見なんかより、オレの方がおまえのこと好きなのに、なんで…北見なんだよ!?」
「…って…テル先生?」
 急に向けられたテルの鋭い眼光に怯んだ隙に、強い力で手首を掴まれる。あっと思ったときにはもう遅く、シートに押しつけられ、唇を奪われていた。
「何を…!」
 抵抗しようとするも、のしかかってきたテルに急にシートを倒され、バランスを崩したところで再び口付けられ、気がつくと、エンジン音もやんでいる。キーを抜かれてしまったようだ。
「…テル先生…!」
「…オレなんか、送らなきゃよかったのに」
 逃れようともがく四宮の腕を押さえながら、テルが冷たい口調で言った。
 脚の間に、テルの太股が割り込んでくる。
 雨の音が痛いくらい静かに四宮の耳に響いた。

 

 BAD END

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 親指を立てるテルに、笑顔を返して、アパートに戻っていく彼の背中を見送ってから、四宮はまた車を動かして、さっきテルに教えてもらった北見のマンションに戻った。
 雨が激しくなり、フロントウインドウを激しく打ちつけてくる。
 北見のマンションの来客用駐車場に車を停め、マンションの入り口に戻ったときにはすっかり雨でずぶぬれになってしまった。
 もし留守だったらどうしよう?という不安がちらっと胸をかすめたがその時はその時だ。こんな格好で帰宅を待つわけにも行かないし、その時は出直すか…諦めるかだ。
 そんなことを考えながらインターホンを鳴らすと、はたして家の主は在宅中だった。

「四宮?どうした…そんな格好で」
「すみません…あの、お話しが…あって」
「…とにかく上がれ…」

 促されるまま北見の部屋に入ると、バスタオルを手渡された。
「ありがとうございます」
「シャワー浴びるか?」
「いえ、そこまででは」
 頭を拭きながら礼を言い、北見についてリビングに入る。

「話とは…なんだ?」
「あ、あの…あの、医療や病院とは関係ないことなんです…けど…」
「いいから話してみろ」
「はい…」
 四宮は北見の顔を盗み見た。
 心臓が破裂してしまいそうだ。

「あの…ヴァルハラに、好きな人が…」
「好きな人?」
「…その、男性、なんです…。先生に、相談したくて…」
 だめだ、なかなかストレートに言うことが出来ない。
 四宮が唇を噛むと、北見は思いがけないことを言った。

「テルのことか?」
「え?何故…?」
「今日、食事に誘っていただろう…だからてっきり」
「…………あ……………」

「そうだと言ったら…どうしますか…?」
「違います!ボクは…北見先生のことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか……」
 北見はそれだけ言うと、四宮に背を向けた。
「あ、あの…北見先生?」
「ならば、オレには何も言うことはない」
「……………」
「アドバイスできることも働きかけてやることも出来ない、人選を誤ったな…帰れ」
「先生…!」
 リビングを出ていこうとした北見を、四宮が慌てて引き止めた。

「あの…それって、どういう…意味ですか…?」
「意味とは?」
「もしかして…先生も…テル先生のことを?」
「…違う」
 北見はゆっくり振り向くと、四宮に近づいて、濡れた髪を指先で梳いた。
「テルじゃ…ない」
「先生…」
 その手を、四宮が両手で包み、自分の頬に充てた。濡れて熱を奪われ、冷たくなった手から冷気が伝わってくる。
「ボクも…テル先生じゃ、ありません……」
「じゃあ…?」
「分かってらっしゃるくせに…!」
 四宮が、手に軽く力を込めた。さっきまで冷気だったのが熱に変わっていくようで…
 北見は思わず四宮の肩を抱き寄せた。
 自分の肩のところで息を飲む呼吸音と、軽い震えが伝わってくる。北見のシャツを掴む四宮の手が、彼の気持ちを如実に表している。
 北見は少し四宮から体を離すと、少し潤んだ目で自分を見上げている四宮に、顔を近づけた。

 

どこにキスしますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…冗談を言うな」
「冗談なんかじゃありません!」
 四宮が更に言い募ると、北見は四宮に冷たい眼差しを落とした。

「じゃあ、オレの気持ちを知っていてからかっているのか?」
「北見先生の…気持ち…?」
 四宮は眉をひそめて北見を見た。
 なんのことだ?北見は何を言っているのだろう?

「なんのことだか…ボクには…」
「…こういうことだ」
 北見は腕を伸ばすと、四宮の肩を抱き、無理に唇を合わせた。
「…ッ…せ、先生…何を!」
「オレのことが好きなんだろう?なら構わないだろうが」
 北見がどこか歪んだような笑顔で答えた。

「そんな…」
 彼の言うとおりではあるのだが、何か違う…北見が何か思い違いをしているようにしか思えない。四宮の背中に、濡れたせいだけではない悪寒が走った。
「先生…すみません、ボク、もう、帰ります。明日…病院で話の続きを」
「…帰すと思ってるのか?」
 急に、北見が四宮の頬を張った。
 唐突な衝撃に、たまらず四宮は床に倒れ込んだ。頭がクラクラする。
 痛みを堪えている間に、玄関の方で北見が鍵をかける音が聞こえた。
「おまえはもう病院に行かなくてもいい…」
 戻ってきた北見の耳元での囁きが、遠くなったり近くなったりして聞こえる。先ほどの平手で軽く脳震盪を起こしたようだ…そんな四宮を北見は抱きあげ、別の部屋に運んだ。
 下ろされた背中の感覚で、四宮は自分がベッドに寝かされたと知った。

 

 BAD END

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