キミなんて好みじゃない
(テルver.)

 

 明日の休みこそ、四宮とデートする!
 と、テルは意気込んで院内を歩き回っていた。
 彼の告白でつきあい始めたはいいけれど、忙しくてなかなか時間がとれない。
 あっちが当直、次はこっちが当直、今日は飲み会、明日は日勤、という感じで、すれ違いにきっついスケジュールを重ねて重ねて、ようやく迎えた二人一緒の休日!
 このあと、四宮と会って彼の部屋に泊まって、そのまんま明日はお出かけ、と、そこまでは打ち合わせしてあった。あとのことは今夜。
 とにかくは、退勤時間を迎えた今、四宮を捕まえねば…と、院内を探し回ってるテルだった。

 その時。
 四宮の声が聞こえたような気がして、テルは足を止めた。
 医局前の廊下…しかし、声は外科医局ではなく、向かいの麻酔科医局から聞こえてきたようで。
(麻酔科?何で四宮、こんな所に?)
 不思議に思いながら入ろうと手を伸ばし…そして、手が止まった。

「ボクだって、テル先生なんて全然好みじゃないよ」

 扉の向こうから、けして大きくはない声だが、確かにそう聞こえてきた。聞き慣れた四宮の声…
 話してる相手は…誰?
「じゃあ、なんでテル先生とつきあってるのよ?」
 この声は、水島胡美。
 テルは思わず扉から身を離した。
 四宮の答えなんて聞きたくない。
 テルは思わずきびすを返すと、ロッカールームに向かって駆けだした。

(四宮…)
 ロッカールームの長椅子にぼんやりと腰掛けながら、テルは四宮のことを考えていた。
 告白されたときはあんなに嬉しかったのに…
『テル先生、ボクがキミのこと好きって言ったら、どう思う?』
『え?嬉しいけ…ど…』
『そう…。じゃあ、好きだ』
『…ありがと…』
『…キミに…恋愛感情を持ってるよ…』
『………』
 自分は、うまく返事できずに、四宮の手を握ったっけ。
 それで帰り際にキスして…
 あれで、自分たちはそういう関係になったんだと思ったんだけど。
 …もしかして、自分の早とちりだった?
 四宮は、ほんとは自分のことなんて一切、何とも思ってなかった?
 気持ちが通じ合ったって思ってたのに。
 好きだと思ってる相手から告白されてホントはすごい嬉しかったのに。
 キス三回で破局とは惨めだ。
 テルは膝を抱えると、そこに顔を埋めて溜息をついた。

「あれ。テル先生」
 ずっと考えていた相手の声が突然耳に入り込んできて、テルは驚いて顔を跳ね上げた。
「ここでずっと待っててくれた?もしかして。ごめんね」
 四宮は素早く帰り支度を済ませると、テルを促してロッカールームを出た。
「どっか、夕食食べてから部屋行こうか?」
「…うん」
 うかない口調で返事しながら、テルは四宮の隣を歩いていた。どうしても彼と視線が合わせられない。

 食事が終わって、四宮に部屋に来ると、テルは居心地の悪さに身をすくめた。
 どうしよう…。もう、帰りたい。
 四宮のあんな言葉を聞いてしまった以上、まだ彼が自分のことを好きだなんて、信じられない。
 もしかして告白のあと、好きじゃなくなったのかも知れないし。
 それに、よりにもよってあの水島先生に、自分たちの関係を話すなんて…どうかしてる…
 誰にも内緒だったはずなのに…明日には病院中に広まってるに違いない。
 でも、今ならまだ間に合うんじゃ…?今、別れたら、明日、四宮とは何の関係もないと言い訳が出来る…
 いや、自分は何を考えているんだろう?
 でも、四宮にその気がない以上、はっきり自分から言った方が、彼にも迷惑がかからないに決まってる。やはりこちらから言いだした方が。
 …それに、四宮の、あのセリフ…
「ボクだって、テル先生なんて全然好みじゃないよ」
 ということは。「自分も」と…いうことは。
「キミと同じく、ボクも…」と取れる。「だから、つきあおう?」とも取れる。
 水島と、つきあうつもりなのだろうか?
 そこまで考えるとひどい悲しみに襲われて、テルは思わず四宮を見上げた。

「…どうしたのさ?」
 四宮は、酒とつまみを容器に出しているところで、不思議そうにテルを見た。
「なんて顔してるのさ…」
 なんともいえず不思議そうな顔で首を傾げる。
「ま、いいや、ちょっとそこの新聞取ってくれる?今日、何か映画やってなかったかな」
「四宮…」
 テルはお盆を持ってきて床に置いた四宮に向かって言った。
「…ン?」
「オレって…お前の何?」
「同僚」
「それだけ?」
「…プライベートでは恋人。…違った?」
 四宮は床に腰を下ろすと、今度は自分が、ベッドに腰掛けているテルを見上げた。
「今日、何か変だよね。どうかしたのかい?」
 テルはそれには答えないまま、
「じゃあ、水島先生は?」
「水島先生は、ただの同僚。…なんで?」
 四宮はテルのせりふに再び首を傾げた。

「テル先生、今日、ちょっと変だよね。…何かあった?」
「あの、さ」
 テルは、どう言ったらいいか分からず、逡巡しながら口を開いた。
「お前の…好みってどんなの?」
「好み?」
「そう、好きなタイプ」
「タイプね…」
 四宮は少しの間、視線を巡らせて考えると、
「うーん、そうだな、よく気がつくタイプかな。あとは、女を前面に出さない人がいいよね…異性を感じさせないと言うか…それでいて、情が深いって言うの?」
「…水島先生みたいな?」
「は?」
 四宮は、眉間にしわを寄せてテルを見た。
「水島先生なんて、全然タイプじゃないよ…やっぱり、ナースで言えば、綾乃さん、佐野さん…か。桃瀬さん…は、結構気を回してくれるタイプだけど、ちょっと苦手かなあ…」
「…やっぱ、女がいいんだな」
「そういう意味で聞いたんじゃないの?」
 四宮は何がなんだか分からないという顔で、テルを見返した。
「オレって、お前のタイプ?」
 テルが聞くと、四宮は一瞬、目を大きく見開いたあと、けらけらと笑いだした。
「な、何言ってるんだよ、キミ、おかしー…」
「答えろよ!」
 テルが憤慨して叫ぶと、真剣みを帯びた声に、四宮は驚いてテルを見た。
「え?…どうかしたの…か?」
「オレってお前のタイプ?」
「…そんなわけないだろ」
 何言ってるんだろうね、まったく…とかボヤキながら、四宮は自分でテルの傍にある新聞を取った。
「あ、今日、ターミネーターやるぜ」
「そんなのどうでもいいんだよ!」
 テルは、四宮の手から新聞をひったくった。
「…テル先生?」
「…やっぱ、つきあうの、やめようか、オレ達」
「…………」
 四宮は、唖然としてテルを見つめた。

「テル先生、キミ、本気で言ってるのか?」
「だって、オレ、お前の好みじゃないんだろ?」
「じゃあ、ボクは君の好みなのか?」
「オレは、そんな、好みなんて考えたことなかったし、経験もないから…」
 分かんないよ…と呟くと、テルはのろのろとベッドから立ち上がった。
「今日は…帰るよ、ごめんな…明後日、病院でな」
「待てよ!」
 四宮はあわてて自分も立ち上がると、テルの腕を掴んだ。
「何、言ってるんだよ?急に…」
「今日、帰る前の…水島先生との会話を聞いたんだ」
「え?あ、ああ」
 四宮は相づちを打つと、
「で、…何?」
 逆に聞き返してきた。
「っていうか…どの部分を聞いたのさ?」
「…テル先生なんて全然好みじゃないよ…ってとこ…」
「…ああ」
 四宮は大きく息をつくと、逃れようとしたテルの腕を更に強く掴んだ。
「逃がさないよ」
「…………」

 四宮はテルの腕を掴んだまま、テルと視線を合わせると、しばらくじっと目を見つめ続けた。
「…四宮?」
「……ふふ、おっかしーな、ホント…キミなんて、好みなわけないじゃんか」
「…………ッ…」
「すぐドジるしだらしないし、意地汚いし…」
「わっ悪かったなっ」
 テルは身をよじって四宮に背中を向けた。彼に顔を見せたくなくて。
「だから、別れてやるって言ってんじゃんっ…」
「テル先生…」
 不意に真面目な色を含んだ四宮の声に、テルは思わず振り返って四宮を見た。
「君の嫌いな食べ物は何さ?」
「え…」
 四宮が急に言い出したことの意味が理解出来ず戸惑う。
「え…えっと、酢の物…かな…」
「あ、そう。じゃあ、出されても食べないね?美味しいと思ったことはないと?」
「…ない」
「じゃあさ、ちょっと考えてみて。キミがもし、嫌いな酢の物を、普段から嫌いだ嫌いだ公言して、もう、すっごく酢の物バカにして、あんなの、人間の食べるものじゃない、と言っていたとするよ」
「…そこまで思ったことはないけど…。うん…」
「でもある日、たまたま…うっかり、一口だけ、食べてしまった酢の物が、すっごく美味しかったら…どうする?」
「………………………」
「酢の物がこんなに美味しかったなんて!と、感激して、自分の考えを改める?今まで酢の物をバカにしていた自分をいたく反省して、みんなに謝る?」
「…いや、多分…黙ってる…と思う…だって、美味しかったのはその一品だけなんだろ?」
「…だろ?」
 テルは、四宮の言っていることがよく分からず、眉を寄せた。
「四宮、オレが言ってるのは、食べ物じゃなくて、人間の話だよ!人間関係の…。食べ物と一緒にするなよ!」
「一緒になんてしてない」
 四宮は厳しい表情になると、テルの腕を放して、一歩だけ離れた。
「ボクだって、食べ物だったらきっと黙ってるさ。でも、人間だったらそうはいかない。一生後悔するくらいなら、気持ちくらい、いくらだって伝える。恥も外聞もあるものか」
「…四宮…」
「君が好きだよ。キミなんて全然好みじゃないさ。でも、好きになっちゃったんだから、しょうがないだろう?」
「しのみ…や」
 テルは、少し泣きそうになりながら目の前の相手を見た。
「好みじゃないキミにイカれちゃって、一番驚いてるのはボク自身だよ…その上、キミまでそんなことを言い出さないでくれないか?」
「…ごめん」
 テルはおとなしく謝ると、うつむいて足元を見た。四宮の言葉が信じられないでいた自分が恥ずかしい。
「テル先生…」
 四宮はテルを抱き締めると、耳元に口を寄せて囁いた。
「好きだよ」
「………オレも」
「好きだ…好きだ…好きだ…これくらいで、本気にしてくれる?」
「うん…」
 テルは、四宮を抱き締め返しながら頷いた。

「さて」
 四宮はテルから離れて両手を広げると、華やかな笑顔を浮かべた。

「明日の計画立てようか?」

 

 

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