天使の到来

 

「ニューヨーク」

 

 家に帰った月を、家族は温かく迎えた。
「ずいぶん早く帰ってきたのねえ」
 進学を辞めて外国に行くと言っていた月のことだから、もしかして半年くらい帰らないつもりなのではと心配していたのだろう。母親が安心そうに夕食を出してくれた。
「うん…」
 母親の出してくれた食事を口にしながら、月はひたすらLのことを考えていた。
 色んなことを知ることができた…L自身には会えないまでも、イギリスまで行った価値はあった。
 それにしても、Lがワタリとともに、それまでの身内にまで行き先を告げす消息を絶っていたとは…。また、彼らの話から、Lが組織ではなく個人であるということも確認することができた。

 礼を言って自室に戻ると、月はコイルに教えてもらった電話番号のメモを見た。
 …連絡…。
 何時に連絡すればいいのだろう。ふと思う。
 ドヌーブの連絡先だと言っていた…ドヌーブは今世界のどこに居るのだろう。迂闊にかけて、真夜中だとか非常識な時間帯だったら心証を悪くする。それも聞いておけばよかった。
 普通に考えるとアメリカだろうか?コイルもロサンゼルスとバンクーバーを拠点にしていると言っていた。アメリカなら…月は時計を見た。まずい。非常にまずい。アメリカは今、真夜中もしくは早朝だ。少し待った方がいいだろう。
 月は着替えると、布団にもぐりこんだ。帰りの飛行機の中では大分睡眠をとったが、それでも旅の疲れが出てひどく休みたかった。
 慣れた自分のベッドに横になると、月は目を閉じた。

 

 夜が明け、まだ空が白み始める前に月は目を開けた。意識が一瞬にして覚醒する。
 ベッドから起き上がり、携帯をとる。ふと、この携帯からでつながるのかと思ったが、とにかくかけてみるしかないだろう。アメリカは今、午後のはずだった。
 番号をプッシュして、耳をすます。
 数回のコール音の後、誰かが電話をとった。
 沈黙が続く。

「…ハロウ?」
 恐る恐る月が呼びかけると、電話の向こうの主は押し殺したようなひくいこえで『Who are you?』と言った。
「あ、あの…僕は」
『誰ですか。何故この番号を知っている』
 マットやコイルがそうしたように、この相手も月の声を聞き、スイッチが切り替わったかのように日本語会話になった。他の言語でも一緒なのだろうか。彼らは一体何カ国語話せるのだろう。
「コイルに…、いや、メロに、教えてもらったんだ、番号を…ドヌーブを紹介してくれると」
『メロが…』
「あなたは、ドヌーブですか?」
『……そういうことになっています』

 ドヌーヴであることを認めたその声は、高く、まるで女性か声変わりしていない子供の様な声だった。三大探偵の最後の一人はもしかして女性なのだろうかと月は思う。

「Lに会いたいんです…あなたなら新しい情報をくれるかもしれないと、コイルに言われました」
『Lに…?』
 訝しげな声で返事が返ってくる。向こうがよく思っていないのは明らかだった。
『今更Lにあってどうするつもりなのですか』
「ただ、会いたいんだ」
 月はマットやコイルにした説明をもう一度繰り返した。そしてイギリスに行ったが会えなかったことも。
「お願いです、何か知ってるなら教えてください。教えてください!お願いです!」
 言い募ると、ドヌーヴは『ハ〜…』とため息をついた。
『折角のメロの紹介です。教えてあげることがなくもない』
「では?」
『そのかわり、私があなたの目を見て直接話し、人柄を見極めてからです。まずニューヨークまで来ていただきたい』
「ニューヨーク…」
 月の勘は当たっていて、ドヌーヴはやはりアメリカで活動していたのだ。あまりに向こうが不機嫌そうな声を出すので、もしかしてやはり真夜中などおかしな時間に電話してしまったのかと心配していたがそうではなかった。
 しかし、昨日イギリスから帰ったばかりでニューヨークか。イギリスに往復したため、もう月の予算は半分以上が消し飛んでいた。来いと言われても旅費が足りないだろう。
「あ、あの、…少し時間をいただいてもいいですか…?飛行機のチケット代を用意しないと…」
『いつでも構いません。ニューヨークに着いたらこの番号に再度連絡をください』
 プツン。
 ドヌーヴは電話を切った。
「うー…」
 月は携帯を持った姿勢のまま口をひきつらせた。また旅費を稼がねばならない。いつニューヨークへ行けるだろうか。少なくとも、また一カ月以上はバイトをみっちりしなくてはならないだろう。

 月は大学へ行き、講義の合間にまた家庭教師派遣会社に電話し、とめていた登録を再開してもらった。担当者は大いに喜んで、「夜神くんじゃないとだめだっていう親御さんがいっぱいいるんだよ〜」と甘ったるい声を出し、希望通りみっちり予定を入れると約束してくれた。

 その夏、引き続き月はバイトに明け暮れた。家庭教師は頭がよく教えるのが上手い月にとって実に割りのいいバイトだった。夏休みで学校がない期間もぎっちりバイトを入れていたので、春より多い金額を稼ぐことができた。
 夏休みが終わるころには、イギリス行きで用意した時よりも更に多くの金額が懐に溜まっていた。

 残暑の盛りに、月は今度はニューヨーク行きの便で、機上の人となった。

 

NEXT→「探偵ドヌーヴ