エピローグ 〜天使の到来〜

 

 

 

 目を覚ますと、広いベッドの上に竜崎の姿はなかった。


「!」
 月はあわてて跳ね起きると、服をつけた。どこに行ったのだろう。
 夕べ愛し合ったのは夢なんかじゃない。まだ身体の随所に彼の感触が残っている。

 

 部屋の中を捜しまわったが居ないので、外に出た。レセプションでハルが挨拶してくる。

「彼を見なかった?」
「出かけたようよ。なんと、上着を着てたわ。びっくりよ」
 ハルに礼を言い、月はホテルをあとにした。 

 もし行く場所があるとしたら、菓子屋かワイミーの墓だろう。
 駄菓子がまだ部屋に残っていたので菓子屋は違うと踏んで、月はワイミーの墓に向かった。今日も天気がいい。空は薄い雲で覆われて空気も冷たいが、明るく気持ちの良い気候だった。

 

 墓の前に立っている竜崎の姿が見えた。
 近づいて呼ぶと、彼は月の方に振り向いた。
 微笑を浮かべたその姿が眩しく、月は一瞬目を細めた。

「すみません、勝手に出てきてしまって…なんだか恥ずかしくて」
「いいや…」
 隣に立つと、竜崎は月の手を握った。
「報告させてもらってもいいですか?」
「え?うん…」

 竜崎は墓に向かっておごそかに、「ワタリ、この人が私の愛する人です」と告げた。
「あなたの望みどおり、幸せになります」
「……竜崎」
 月は胸が一杯になってうつむいた。

 

「…月くん…」
 月の手を離し、ジーンズのポケットに自分の手をつっこむと、竜崎が口を開いた。
「何?」
「初めて会ったときを覚えていますか?」
「勿論」
「あの時…私は雨の中、ワタリの墓の前でひたすら謝り続けていました。そして、この地獄は一体いつまで続くのか、いつになったら死んでワタリのもとにいけるのか、そんなことを考えていました…。そうしたら、急に雨がやみました。私は、思わず空を見上げました。雲が割れて…そこから太陽の光が差し込んできて…その光の中をひとつの人影がこちらに近づいてきていました。近くで見るとその人は本当に眩しく美しく、私は天使が迎えに来たんだと思いました…ワタリのところまで連れて行ってくれるために、天界から天使が来たのだと」

 竜崎は視線を墓から月に向けると、微笑んだ。

「月くん、あなたは、私を永遠に続くと思われた地獄から救い出してくれました。私にとっては、本当に…光輝く世界にあなたが連れ出してくれたのです。あの時感じた感覚は間違いではなかった。あなたが来て下さったことは、私にとっては確かに神が遣わした御天使の到来であったのです」
「竜崎…」
 竜崎は月の身体に腕を回し、胸に顔をうずめた。
「ああ、愛しています…どんなに、私があなたに感謝しているか、そしてどんなに私があなたという奇跡の存在を神に感謝しているか!あなたに分かるでしょうか?」
「僕も、愛してる…」
 月も腕の中の竜崎を抱きしめ返した。
 本当に、彼と出会うまでの間、自分は一体どのようにして生きてきていたのか不思議でしょうがなかった。
 一年間かけて旅を繰り返し、探し求めた自分の欠落のピースが、確かに今カチリと音をたててはまったのを感じた。

 

 手をつないで、ホテルに帰りながら月はいつ日本に行くか竜崎に聞いた。
「すぐにでもいけますよ」
「そう?助かるな…いい加減、大学休みすぎでヤバいから」
「大学?月くんって何歳なんですか?」

 18だよ、と月が言うと、では私の七つ下ですね…という返事が返ってきた。

 

END