天使の到来

 

「お茶会」

 

 

 

 その日は、とても天気がよく晴れていた。
 暖かい日差しがそこらじゅうにふりまかれ、イギリスの冬とは思えない気持ちのいい気候だった。
 Tシャツしか持っていない竜崎に自分の上着を貸してやったが、それさえも必要ないと思えるほどで、まるで世界が彼の新しい門出を祝福して居る様だと月は感じた。

 メロ、ニア、そしてマットは町のカフェで待っているはずだった。三人でどんな会話をしているのかと思うと、自然に苦笑が口元に浮かぶ。

 

 入口のベルを鳴らしながら店内に入ると、陽の差し込む落ち着いた店内で、三人は奥のソファ席に座っていた。どれだけ喧喧囂囂しているのかと思いきや、何の話をするでもなく黙りこんでいるのが意外だった。マットは紅茶を頼んでいたが、メロとニアの前に置かれているのはホットチョコレートのようだった。

「みんな」
 月が呼びかけると、三人はまるで今気づいたかのように振り向いた。そんなわけないのに緊張しているのだろうところが可愛らしくて、月はニヤニヤ笑ってしまった。
「連れてきたよ」
 それを合図に、竜崎は月の後ろから一歩前に出た。

「みなさん、お久しぶりです」
「ああ…やはり」
 ニアが、髪をいじりながら呟いた。
「あなたがLだったのですね」
「だからそう言ったろ!」
 マットが立ちあがる。
「久しぶり、前にワイミーズハウスで会った時は違う名前でしたよね?なんでしたっけ…たしか」
「それは」
 竜崎が指を唇にあてた。
「内緒にしてください」
「了解!健啖家ぶりは健在で?」
「あたりまえです」
 竜崎はメロがずれて空けてくれた席に腰を下ろし、膝を折り曲げて抱えた。
「とりあえずケーキ全種ください。それからティーセットを一つ」
 ウエイトレスを呼び、そう言った竜崎に、月はぎょっとした。甘いものは嫌いと言って、けして口にしなかった彼が何という変わりようか。

 月もニアの隣に座ると、コーヒーを注文した。
「俺も追加でチョコレートサンデーを」
「私も追加でフルーツパフェを」
「ティーセットもう一つ!スコーンのクロテッドクリームは多めでね♪」
 次々と注文を重ねるメロとニアとマットに、月は顔をひきつらせた。あれから何度か試してみたが、やはりこの国のスイーツは口に合わない。あんな甘ったるいものを平気で食べられるのがすごいと思う。やはりここでは自分は異人なんだな〜としみじみ感じる。

「L」
 メロが隣のLの方を向き、低い声で呼びかけた。
「はい」
「探偵に復帰するんだよな?」
「…………………………」
 竜崎は彼の問いかけに沈黙で返した。
 待ちきれなくなったようにメロがLの肩を掴む。
「もう、あんたを苦しませていたという件は解決した。そうだろう?キルシュ・ワイミーは病気で死んだんだ、あんたが殺したわけじゃない」
「そうなんですけども…」
 竜崎はテンションの乗りきらない声で返した。
「あんな放送をしてしまったと考えると、もう、Lとして前の様な活動は出来ないでしょうし…なによりワタリが居ないと、誰が依頼を受けて、金銭のやり取りをしてくれるのか…。そう考えると、なんだか、ひどく…めんどくさいです」
「め…」
 メロは言葉を無くして固まった。
「ならば、コイルの名とドヌーヴの名はどうするのですか?私たちはあなたが探偵として復帰するものと、であればこの二つの名もあなたに返上するつもりでおりました」
 ニアが口をはさむ。

「今は、メロとニアが二人で継いでいるんでしょう?ならばそれでいいじゃないですか…。正直、ワタリのサポートなしで前の様な一人三役をやっていく自信がありません。今後のことはまだあまり考えていませんが、どこかでまた別の名で個人で小さく探偵業でも始めようかと…。Lとしての復帰は事実上難しいでしょうし、こだわることもない。彼は消えた、ということに、してください」
「分かりました」
「そうか」
 メロとニアもおとなしく頷いた。彼らも、Lが世界の探偵として復帰することはもう無理だと考えているのだろう。

「大丈夫、メロには俺がついてるし、ニアにも顎でこき使える部下が何人もいるじゃないか」
「うるさいマット」
 ニアがマットに冷たい視線を向けた。
「私だってこれからはいい上司になりますよ」

 そこに、注文した品が届く。
 テーブルの上に、所狭しと並べられたスイーツやティーセットを前にして、竜崎は顔をほころばせた。ケーキは8種類もある。
「竜崎、大丈夫なのか?こんなに急にたくさん食べて」
「全然平気です」
 目を輝かせながらケーキをひとつ取ると、そこにフォークを刺し、口に運ぶ。
「……美味しいです…」
 心の底から幸せがにじみだしているような声を聞き、自分も胸が一杯になるような気がして、月は自分もコーヒーを口に運んだ。
 コーヒーカップをソーサーに置いて見ると、既に竜崎の食べ始めていたケーキが既に一つまるまるなくなっているのにぎょっとする。
 指でつまむ妙な持ち方で、紅茶をくーっとあおると、竜崎はソファの背もたれに身を沈めて、満足そうなため息をついた。
「やっと人間に戻ったような気がします」

 

 長い手指でケーキを好き勝手に食べちらしながら、他の三人にもパフェやジャムの味見をねだる竜崎は、まるで子供のように見える。
 あの日、初めて会った時に老人に見えたというのが、嘘だったかのように感じた。
「ところで不思議なんですけど」
 メロからせしめたウエハースに付いたバニラアイスを嘗めながら、竜崎が三人を見回した。
「あなた方はどうして月くんと知り合ったんですか?」
「ああ」
「それは」
 マットと月が同時に口を開く。

「話せば長くなるんだけど」
 そう置いて、月はあの放送を聞いてから後のことを簡単に説明した。父からワイミーがワタリであるという情報を教えてもらったことから、ワイミーズハウスの存在を知ったことまで。

「それで、俺が…」
 マットが引き継ぎ、月を呼んでメロと引き合わせたことを話した。その間中、月とメロは渋面になる。

「で、俺がニアの連絡先を教えたんだ」
「そして私が、ここの住所を彼に」
「ここに来るまで、本当に、一年かかったんだよ」
 そう月がしめくくると、竜崎は「はあ…」と間をおいて、言葉を探してるような顔で月を見た。

「…大変だったんですねえ」
「全くだよ」
 しみじみとした月の言葉にマットとメロが声を出して笑い、ニアが口の端を上げて冷笑した。
 

 それから五人は心行くまでお茶を飲んで談笑した。
 月にとっても、一年前のあの頃にはまるで想像もつかなかった、宝物の様な時間だった。

 

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※この話はみんな英語で喋っています。