天使の到来
「遺書」
「アルファベットなんだけど…」
紙を燃した後、月はそう切り出した。
「あれは、ワイミーズハウスでたまに行われていたゲームらしいんだ」
月はマットに聞いたアルファベットゲームについて竜崎に説明した。
「ワイミー氏は亡くなる直前で、おまえが子供だったころの夢でも見ていたんじゃないかな…それで記憶が混濁してアルファベットを。竜崎あれはね、A・U・Cじゃなかったんだ、最初にLがつくんだよ、お前の名前呼ばなかった?」
「呼びました…」
「そう、それ…実はお前を呼んだんじゃなくて先頭に着くアルファベットだった。L・A・U・Cが実際の所だったんだ。Look
at under the
chair…椅子の下を見ろ、だ。彼はワタリとして活動している秘密があった…だから、L…お前とかかわりがあることを匂わせる文章を弁護士に預けることはできなかった。そしてお前にも内容を読まれたくはなかった…だから、椅子の下に隠していたんだ」
月は、先程取り出した書類の束の中から一通の封筒を取り出した。
「おまえが前に居た住居はその時引き払ったみたいだけど、ワイミー氏の遺物をいくつかワイミーズハウスのロジャー・ラヴィー氏に送っただろう?竜崎。ワイミー氏の椅子も彼が大切に保管してくれていたよ…椅子の底に隠し場所があって、この封筒が入っていた。見て。お前宛の手紙だ」
「ああ……」
竜崎は月の手から封筒を受け取ると、恐る恐る封を開き、中から一枚の便箋を取り出した。長い文章ではなく、竜崎はそれを口に出して読み上げ始めた。
それはキルシュ・ワイミーが生前、Lに対してのこした遺書だった。
L。
あなたがこの手紙を読む頃、わたしはすでにこの世のものではないでしょう。
今日、病院で末期のがんだという告知を受けました。あと二カ月、生きられるか分からないということです。
L…こうなると、気がかりなのはあなたのことばかりです。
わたしはもう、充分生きました。資産を蓄え、充実した人生を送ることができました。これ以上、生を謳歌したいとは思いません。
ですが、やはりあなたのことだけが心配で、それだけで告知を受けた時は目の前が真っ暗になってしまいました。
もしもうすぐ死ぬことをあなたに告げたら、あなたはどんな顔をするでしょうか?
それを思うと、とても死ぬ前に自分の病気を告白する勇気がもてません。
死の瞬間まで、おそらく私はあなたに告白できないでしょう。ですからここにしたためておきます。
わたしは自分がもうすぐ死ぬことを知っていました。
それでも入院せずという方法をとったのは、最期まで一刻でも長くあなたのそばに在りたかったからです。
あなたと一緒に過ごすことができて、わたしの人生は素晴らしいものとなりました。
あなたの探偵業のサポートをしながら、どんなにわたしの心が澄んで静まり、
またその実興奮していたかあなたにわかるでしょうか。
私の子供の頃の夢は、ホームズの様な探偵になることだったのですよ、L。
あなたという天才を自らのもとで育てながら、あなたの探偵業をサポートするのが
わたしにとって、夢の成就をしてなお余りある、どれほどの喜びだったかあなたにわかるでしょうか。
L。
わたしが居なくなった後、あなたはきちんと食事をするでしょうか。
わたしがお世話できなくなった後、あなたはきちんと睡眠をとるでしょうか。
悲しみに暮れることはないでしょうか。それだけが心配でなりません。
もしわたしのあとを任せても構わないと思える人物があなたにあらわれたら、
わたしも安心して逝けるのですが、恐らく死ぬまでにそれはかなわないでしょう。
ですが、どうぞ愛する人を見つけて、幸福を感じてくださることを願います。
わたしがあなたを見つけたように。
そして、たまには大好きな甘いものを食べて、幸せな人生を送っていって下さい。
そして、もうひとつ告白することがあります。
実はわたしはコックニー出身で、苗字のつづりはあなたに言っていた「Wimmy」ではなく「Wammy」なのです。
あなたが子供のころ、英語の発言を厳しく注意したのを覚えておりますでしょうか。
あれ以来、私はそのことをあなたに言えなくなってしまいました。
まさか、死ぬまで告白できず、名を周囲にまで偽り続けるとは自分でも思いませんでした。
大の大人であるわたしが、嘘をついたことであなたという子供に嫌われることを
ずっと恐れていたのです。なんというおかしな話でしょうか。
長い間偽って、申し訳ありませんでした。
L…。
あなたと出会えて本当に幸せでした。
あなたと過ごすのがわたしにとってこれ以上ない喜びでした。
どうかあなたもそう思える相手を見つけてください。
わたしのように、死ぬ前に満足して逝ける生を、あなたも送ってください。
どうか…どうか。
愛をこめて。
Quillsh=Wammy
「ワタリ…」
最後まで読み終え、何度も何度も紙面に目を走らせながら、竜崎は涙を流した。
「…私が殺したんじゃ…ない…」
「そうだよ竜崎。お前が殺したんじゃない」
「私のせいじゃ…ない…ああ…」
竜崎は手紙をテーブルの上にそっと置くと、両手で顔を覆い、泣き崩れた。
「よかった…よかった…!…ああ、ワタリ…本当に、よかっ…た…!」
「竜崎…」
月がその背を撫でてやると、竜崎は涙にぬれた顔を月に向けた。
「ら、月くん…ありがとうございます…ありがとう…ございます…私…ッ…」
「竜崎…」
月は竜崎の痩躯を抱いて、背中を優しく撫でた。
自分を抱く腕にしがみついて、竜崎はしばらくの間、月の胸の中で泣きじゃくっていた。
*
「落ち着いた?」
竜崎の涙がおさまるのを待ち、髪を撫でながら聞くと、彼は頷いた。
「会わせたい人が居るんだ」
「会わせたい…?」
「みんな、力を貸してくれたんだ。ずっとお前のことを心配して…見守ってくれていた。町で待ってるんだ。会いたがってる…もしおまえさえいいなら…だけど」
「…ああ」
話の途中に何回か彼らの名前は出したので、竜崎もそれだけで察したようだった。彼は少しはにかむように微笑むと、頷いた。
「少し待ってください…顔を洗ってきますから」
そうして彼らは一緒に街に出かけた。
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