天使の到来

 

「ニア」

 

 

「夜神月」
 数ヵ月ぶりに再会したドヌーヴは、いきなり月のフルネームを呼び捨てた。
「私はあなたを買いかぶっていたようです」
「え?」
「Lを連れてきてくれるかと思って二人分のチケットをハルに託したのに、何故…よりにもよってこんな…」
 そう言いながらドヌーヴがメロをにらむ。メロも彼を冷たい視線で見降ろした。

「今、彼をホテルの外に連れ出すなんて無理だよ、ましてやこんな人の多い…」
「分かっています。レスター」
 ドヌーヴは後ろの大柄の男性の方を向き、呼んだ。
「ここまでありがとうございました。また帰りの際に付き添ってもらいますので、この近隣に待機してください」
「分かりました…」

 レスターと呼ばれた金髪の男性は、心配そうにドヌーヴの方を何度も振り返りながら去っていった。

 

「それで?」
 ドヌーヴはその場に居る三人を順に見ながら言った。
「どうなったのですか?」
 メロは相変わらず冷たい表情で、ドヌーヴと目を合わせるつもりはないらしく明後日の方向を向いている。
 マットもドヌーヴとは久々の再開だろうに、しゃがみ込んで「A・U・C、A・U・C…」とぶつぶつ言っている。
 月はドヌーヴにも簡単に事の次第を説明した。

「なるほど…」
「みる?ノートの1ページ」
「いえ、結構です。形状に興味はありません」
 ドヌーヴも片膝を立てた格好で床に座り込むと、壁に向かって何かをつぶやき始めた。
「…では、12月の件…そして1月…2月の二件と…予想通り…」
 メロはすっかり動かなくなったマットとドヌーヴを見て、はーっとため息をついた。
「行くぞライト」
「え?二人は?」
「ぐずぐずしてるとヒースローエクスプレスが出ちまう。さっきこいつが乗ってきた便に合わせたのが最終だ」
 月もギョッとしてメロに習い、床に置いておいた荷物をとった。
「行くぞマット」
「あ、うん…A・U・C…」
 メロは無理矢理マットを引き摺って歩いていく。ドヌーヴも周りの雰囲気を察したらしく、立ちあがってついてきた。あまり動くのが得意ではないらしく、よたよた歩いてついてくるところはまるで小さな子供の様で、月は手を貸してやりたくなった。それでも先頭のメロがきちんとドヌーヴに合わせて歩いてくれているので、そんな心配は無用のようだった。

 

 ヒースローエクスプレスの中で、先程別れた金髪の男性と出くわした。ドヌーヴの付き添いで来たという男だ。身長が190センチはあるだろう。
「あ、さっきはどうも」
 月が頭を下げると、バツの悪そうな顔で彼も笑った。
 空港で待機するわけにはいかない。近隣となればやはりロンドンのホテルだろう。ロンドンに向かっている月たちと、便が一緒になるのは自明の理だった。
「ドヌーヴをよろしくお願いします」
 そう言われ、月は曖昧に微笑んだ。どうもドヌーヴの性格とはやっていける自信がない。

「で、どこに行きたいんだ?ライト」
「もう今日は遅いから、どこかのホテルに泊まろうよ。二人二人で部屋取ろうか」
「俺はマットと一緒な」
「え…僕もマットがいいな」
「ふざけんなよ」
 そのあいだもマットは、A・U・C、A・U・C…と呟いている。

「説明しておくことがあります」
 急にドヌーヴが口を開いた。
「え?何?」
「コイルにも言っていなかったことです」
 メロは眉根を寄せた。
「もう、その名で呼ぶな。Lが復帰するかどうかって時に、コイルなんて名乗っていられるか」
「それもそうですね」
 ドヌーヴはにやりと笑うと、
「では、私のこともニアと呼んでください」
 本来の彼のものらしい名称を口にした。

「実は、私は、12月以降のキラの裁きと言われている殺人を、別の人間による模倣犯ではないかと考え、それをつきとめるためにUSA国家からの要請を受けました」
 要請とは、ジェバンニの言っていたSecret Provision for Crimesという組織の統率のことだろう。
「そして組織力を使い、徐々に模倣犯を防ぎ、世間一般ではキラの裁きと思われている事件を我々の情報操作によるものへと変えてゆきました」
「情報操作?」
 月は思わず口をはさんだ。では、今現在細々と続いているキラの裁きは、キラによるものではないということなのか。竜崎の様子を見ておかしいとは思っていたが、そういうことだったのか。
「実際に人間を殺さなくても、メディアを操れば世間をダマすことは可能です。裁き自体をやめてしまうと、今までLに畏怖していた者たちが事実に気付き、現在は無力である彼を探そうと躍起になる可能性があった。ハルに近くで見守ってもらっているとはいえ、不安要素は少ない方がいい」
「は、そんなの、知ってたぜ」
 メロが脚を組みかえて肩をすくめた。
「誰のおかげで模倣犯が減ったと思ってる?例の薬のルート、もう4件は潰したぜ」
「心臓麻痺に見せかけて殺す薬各種ですね」
「実際使う奴ってのは救えないな」

「で、では」
 月は二人を見ながら、口をはさんだ。
「模倣犯としてキラを演じていた第三者が居たということなのか?」
「ライト、そういうわけじゃない…裏の世界の人間には必ず殺したいやつというのが居る。そいつを自分の仕業と知られずに葬れたら万々歳だ。もし手元に心臓麻痺に見せかけて殺せる薬があったら、それを使って知らないふりを決め込めばいい。あとは世間が勝手にキラの裁きとしてくれる。実際にキラの裁きを模倣し続けた同一の人間が居るわけじゃない。もし仮に、キラの裁きが毎日何件もあったならば、それに便乗して殺人を行う連中が何人か必ず居るだろう。今回の件は、その便乗のみがだらだら続いたということだ」
「しかし、現在、心臓麻痺に見せかけて人を殺す人間は減っています。皆無と言っていい。模倣犯の主犯と思われる者を片端から捕らえ、更にその人物が裁きにあったように情報操作しました。世間はともかく、裏の世界ではキラの裁きを模倣した者は、その者も裁きにあうという常識が出来上がっています」
「そして、ゆるやかではあるが、全世界で犯罪率が減っている。世界はいい方向に行っている…あの時、Lが言った通りに」

 メロのセリフに、月は一年前の放送を思い出した。

「頃合いを見て、情報操作を止めましょう」
「犯罪率は元に戻るかもしれんが、Lが復帰するなら構わない」
 メロとニアが口の端を上げた笑顔を見せた。希望の光を感じた笑みだった。

 

「A・U・C…A・U・C…」
 マットがまだぶつぶつつぶやいている。見かねてメロは、はーっと息をついた。

「マット…もしかして、もう一個アルファベットがつくんじゃないか」
「え?」
「もう一個?」
 マットはもちろん、月もメロのセリフに驚いて彼を見た。
「ワイミーが、死ぬ直前にLに向かって言ったんだろう?最初に、『L』がついてたんじゃないか?それをLは自分が呼ばれたと勘違いしたんだ。アルファベットゲームは別に三文字じゃなくてもかまわない」
「ああ」
 月は、メロの言わんとしていることに気付き、頷いた。
「A・U・Cじゃなくて、L・A・U・Cだったかもしれないってことか」
「…ッ…そうか」

 マットは指を鳴らした。
「L・A…Look at!Look atか、見ろ…だ!」

 

 

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