悪魔の日記
*
正直に言おう竜崎。
僕は
彼女と寝たよ。
*
7.映像
モニタールームができたという知らせを聞き、竜崎は先にそこに他の捜査員を向かわせて、自分は少し遅れて部屋に向かった。
できるだけフロントに顔を晒したくないので、最初の帝東ホテル以外は全てそうしている。予約と支払いは竜崎がしているが、チェックインも他の者に任せている。
相変わらず犯罪者が死んでいる。
新しく報道された犯罪者然りだ。
監視カメラが気付かれることなくうまく作動していれば、決定的なものが見られるはずだった。
部屋に着き、中に入ると、奥から姿を現した総一郎が真っ先に竜崎の前に立った。
「こんにちは夜神さん…モニターは無事に作動していますか」
「ああ…だが…」
「?」
妙に歯切れの悪い総一郎の様子を不審に思う。が、問い詰める気もせず、竜崎は奥に歩を進めようとした。
「りゅ、竜崎!」
急に二の腕を掴まれ、竜崎は驚いて総一郎を見た。彼は妙に固い表情で、びっしりと額に汗を浮べている。何かあったな…と竜崎は直感した。考えられる一番の可能性は、殺人ノートに自分の息子が犯罪者の名を書いているのを見たとかそんなところだろうか。
「どうしましたか、夜神さん」
「竜崎、その、モニターは…少しあとからにした方が」
「あとから?」
総一郎の様子は単に自分がショックを受けているという風ではない。竜崎に映像を見せたくないと思っているのがありありと感じられる口調だ。
竜崎は総一郎の手をはがすと、そのまま奥に向かった。
「竜崎!今はやめたほうが…」
総一郎が止めるが、気にせずにスイートの奥に続く扉を開け、中に入る。
最初に目に入ったのはモニターを凝視している捜査員たちだった。何かに気圧されたような、もしくは呆気にとられたような表情をしている。よほど衝撃的なものを見たという感じだ。
(何を見ている?)
彼らが見ているモニターに目を向けると、そこには想像だにしないものが映し出されていた。
「…………?……」
アダルトビデオでも上映しているのかと思った。
だがそれはよく見ると裸で絡まりあう夜神月と弥海砂なのだった。
音声が聞こえないのは捜査員たちがイヤホンを使っているからだ。
目の前が真っ暗になったかのような気がする。
愛する相手の裏切りを見せ付けられて、自分が感じているのが怒りなのか絶望なのかよく分からなかった。
気がつくと、竜崎は床に膝を突いて胃液を吐いていた。
「竜崎!?」
そこでようやく竜崎に気付いたらしい捜査員たちがイヤホンを外し、側に寄ってきた。
「大丈夫ですか?立てます?」
松井と相原に支えられて洗面所に行き、水の入ったコップを口に当てられ飲み下し、大丈夫と口にしようとするが舌の根が痺れたようになってうまく言葉にならない。膝がガクガクと笑って一人で立つこともできない。竜崎はそのままベッドに運ばれ、しばらく休んでくださいと言われて素直に横になった。
ああ、馬鹿みたいだ。
自分はもっと強いのだと思ってた。
分かってたことじゃないか、あんなの分かってたことだろう。
だが、夜毎自分に愛を囁いたあの口が、他の女と睦言を交わす。
熱くこの肌を這っていた掌が、他の女の腰を抱く。
そう考えただけで、どうしようもなく気が狂いそうだった。
もし月がキラだったら一緒に死のうなんて考えてた自分が、ひどく滑稽で哀れに感じる。
目の当たりにして、一層強く感じた…自分はまだ夜神月をどうしようもなく愛している。たとえ月が自分を愛していなくとも。
「…うっ…」
喉の奥からしゃくりあげるように嗚咽がこみ上げてきて、竜崎は必死で涙をこらえているうちにいつの間にか眠っていた。
*
気がつくと、部屋は暗く、一人ベッドに横たわる状況は何も変わっていなかった。
竜崎は重い身体を起こし、ベッドから降りてのそのそとモニタールームに向かった。そこには松井が一人でモニターを見張っている姿があった。今、弥の部屋には誰も居ないらしく、モニターに動くものは何も映っていない。多分松井は見張り役を申し付けられたのだろう。
「松井さん」
竜崎が声をかけると、彼は驚いたように振り向いてイヤホンをとった。
「竜崎、もう大丈夫ですか?」
「はい」
「疲れが溜まってるんじゃないですか?」
「ご迷惑かけてすみません…」
「いえ…部屋もホテルの人が掃除してくれたし」
竜崎が松井の隣に座ると、松井は少し黙ったあと、「あの…」と気まずそうに声をかけてきた。
「はい」
「あの、間違ってたらすみません、あの…竜崎って」
「え?」
「ミサミサのことが好きなんですか?」
「は?」
思いもしない松井のセリフに竜崎は言葉を失って彼を見た。
「あ、す、すいません、さっきのモニターの…見てなんかショック受けてるみたいだったから、もしかしてそうなのかなと思って…次長も竜崎が来たのに気付いて慌てて飛んでって…見せたくないみたいだったから…」
「…まあ…そんなようなものです」
実際は弥ではなく同性の月を好きだなどと松井に言えるはずがない。さりとて完全否定するのも不自然だろう。竜崎は適当に言葉を濁した。
「他の皆さんは?」
「ミサミ…弥のことで気になることが出来て、洗いに…」
「そうですか」
今更何が出来たというのだろう。まあ、それは捜査員たちが戻ったら聞けるだろう…竜崎はそれ以上追及せずにモニターを見つめた。
「…カメラ映像で何か収穫は」
「…弥がキラ主犯はほぼ確定です…が、証拠自体はまだ…」
「……そうですか」
それから、しばらく沈黙が降りた。
これから、どうしたらいいだろう。
「…竜崎…今日はもう帰ったらどうですか」
ぽつんと松井が口にした。
「え?」
「帰って少し休んだほうがいいですよ」
そう言いながら松井は傍らのサイドテーブルから何かを手に取った。
「これ…さっき僕らが見てた、監視カメラの映像の録画です。音声も同時に重ねてあります」
渡されたのはDVDディスクだった。
「夜神さんが、竜崎が目を覚ましたら見せてあげろって…。僕は…僕はお勧めしませんけど…」
「…ありがとうございます」
ディスクを受け取ると、竜崎は席を立った。
さっきはあれだけ止めたのに、今度は見ろとはどういうことなのかと思ったが、追求する気力もない。
どっちにしろ、モニタールームとして使っているこの部屋で今はDVDを再生することは出来ないので、竜崎は部屋に帰ることにした。
*
タクシーが捕まらず、とぼとぼと大通りに出てからもしばらく歩いたので、部屋に着いたのは少し遅い時間になった。ホテル前でタクシーに乗り降りするのは避けている。
パソコンにディスクを入れる。
弥の室内が映った。弥は一人で座っている。テレビを見ているようだ。
そこに、チャイムが鳴って誰かが来たようだ。弥は立ち上がって客を迎え入れた。入ってきたのは月だった。
『ミサ、あれ知らないか』
盗聴器を通す少し不明瞭な月の言葉に、竜崎の胸がズクンと疼いた。腹に氷を入れられたような不快感に全身が震えてくる。
『あれって?』
『分かってるだろ』
その時、竜崎の部屋のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だ?時計を見ると、もう夕方を過ぎようとしている時間だ。
慌てて映像をとめてノートパソコンを閉じ、玄関に向かった。
扉を開けると、月が立っていた。
「やあ竜崎」
産毛を逆撫でるような声で月が呼ぶ。
「月くん…どうしましたか」
「これお前だろ?」
微笑を浮かべて彼が出した手の指先にあるものは、竜崎が仕掛けた監視カメラだった。
「フェアじゃないよ」
バラバラと監視カメラが五個、盗聴器が二個、竜崎がセットした全てが彼の玄関に落ちる。
竜崎はポケットから携帯を出して見た。松井から着信が何度も入っている。外を歩いているので気付かなかったようだ。
ガチャリ、という音に目をやると、月が玄関戸の鍵をかけた音だった。
「シカトしないでよ」
月は玄関から部屋に上がりこむと、両腕で竜崎を囲むようにして壁に手をついた。
「お前、あれは犯罪だよ?いくら僕を想うあまりと言ったって、やっていいことと悪いことがあるだろ」
「想うあまり?」
「ああ、ミサと僕との仲を嫉妬したんだろ?しょうがない奴」
ゾッとするような笑みを浮べて囁く月に、竜崎は背筋が凍るような気がした。
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