悪魔の日記

 

 

エピローグ・松田

 

 

 

 

「今月も苦しいなあ…」
 松田は両手をポケットに突っ込んだまま、とぼとぼと百貨店を歩いていた。

 キラ事件が終息し、雑用業から、再び向いていない刑事業に戻って、もう一週間が経つ。
 またしても万引き犯の盗もうとしたCDを、自分が買い取ってくれてやったために今週の食費が相当厳しいことになった。万引きなんて見つけなければいい話なのだが、なぜかそこばかり鼻が利いてしまう自分が情けない。この調子で殺人犯や暴行犯を捕まえられればいいのだけれど。
 気晴らしに、お気に入りだった定食屋で昼食をとろうとレストラン街に足を運んだけど、しばらく来ない間にその店はおしゃれなイタリアンレストランに取って代わられていた。

 

 何の気なしに生活雑貨コーナーを横切っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきて、松田は足を止めて振り向いた。

「絶対ゴールドですよ」
「シルバーのほうが上品だって」

 見ると、黒髪を無造作に跳ねさせた猫背の青年と、明るい栗色の髪の青年が売り物のティーセットを前に言い争っているところだった。

「竜崎!」
 駆け寄ると、黒髪の青年は松田を見て表情を明るくした。
「松井さんじゃないですか」
「知り合い?竜崎」

 松田はもう一人の青年が、監視カメラで裸を見たことのある相手だと気付き、気まずくなって思わず視線をそらした。

「ティーセットを選んでいるんですか?」
「はい、私は金の模様のがいいと思うんですが、月くんが銀がいいと…」
「シルバーのほうが上品だろ」
「二人で、ティーセットを使うんですか?」
「あ、はい」
 竜崎は月にちらりと視線を飛ばしてから微笑んだ。
「一緒に暮らしはじめたんです。記念に月くんが買ってくれるって…」
「じゃあ、金と銀でカップを一個ずつ買えばいいじゃないですか。ポットは無地にして」
 我ながらいい案だと松田は思ったのだが、それを聞いた二人は微妙な顔をした。

「あ、竜崎、そろそろ会計しなきゃ、駐車料金とられちゃう。もう、ゴールドでいいよ…」
「本当ですか?勝った」
 竜崎はおどけたように言いながらセットを手に取った。

「それじゃあ松井さん」
「失礼します」
 二人は爽やかな笑顔を向けながら、松田の隣を通り抜けた。

「駐車料金惜しさに焦って、駐車場出口でぶつけないでくださいね」
「免許取立ての身としては、絶対の約束はできない」
「まあその時はまた買ってあげますけど車くらい」

 後ろに遠ざかる二人の声を聞きながら、松田はあることに気付き、振り向いた。

「竜崎!!」

「はい?」
 少し離れたところから、二人が振り向いて松田の方を見た。

「僕、本名は松田っていうんです。松田桃太」

 キラ事件中は告げられなかった自分の名前を教える。

 

 竜崎は松田に華やかな笑顔を向けると、手を振った。

 

 

 

END