恋は唐突に

 

 

 

 竜崎と手錠でつながれて一ヶ月が経ったころ。それは突然にやってきた。

 

 僕は完全個人主義で、群れるのが嫌い。干渉されるのが嫌い。人にとやかく言うのも嫌いだし言われるのも嫌い。徹底してその姿勢を貫くために、今まで手を抜かず勉強もスポーツも頑張ってきた。いわゆる自分のための完璧主義者で、人あたりよく振舞っていても周囲の人間で注意深い者は、僕が他人との間に薄くて丈夫な壁を作っていることに気付くだろう。
 べたべたした馴れ合いは嫌いだし、かといって無視されるのも腹が立つ。常に乾いた一定の距離を他人との間に保っていたい。だから、女性と付き合うときも礼節を守って姿勢を崩さず、甘えたいと言われても甘えてほしいと言われても、軽く笑って「そういうキャラじゃないから」とか言っておけば、しまいには「夜神くんって思ってたより冷たい」とか言われて向こうから離れて行くのがいつものこと。
 だって、心を開くに足るような人間なんて会ったことないし本心を誰かに喋りたいなんて思わないし、ましてや秘密を共有するなんて恐ろしいこと考えたくもない…
 だから、竜崎と手錠でつながれたときも、彼ともそんな付き合いがしばらくの間続くだけだと思っていた。手錠は結構長いし始終抱き合っているわけでもない。観察されているのだとしても、いつ誰に見られても構わないようこの18年間、完璧を保ってきた僕なのだから。

 

 捜査が終わって二人の部屋に戻り、その夜は風呂に入って寝るだけだった。
 ドアを閉めた後、僕は竜崎がしきりに自分の腹を触っているのに気がついた。シャツの上から爪を立ててひっかいたり、布地でごしごしと擦るようにぬぐったりしている。

「おなかどうしたの竜崎」
 尋ねると、彼は無表情のままこちらを見上げた。同じくらいの背丈だと思うんだけど、猫背の彼は少しだけ目線が低い。

「痒いんです」
「おなかが?虫にでも刺された?」
「さあ」
「見せて」

 竜崎をベッドに座らせてシャツを捲くると、体臭の薄いはずの彼から妙に人間くさいにおいが鼻をついた。
 パッと見、特に腫れたり傷になったりしているところはないんだけど、よく見るとおへそが濡れている。鼻を近づけると匂いはそこからしていると分かった。これは、血漿液のにおいだ。というか、膿だ。
「竜崎、おへそ、なんかグチュグチュしてる。ひっかいたりした?」
「さあ」
 さっき擦ってたシャツも黄色い染みができていて、膿んだ傷口のような匂いがした。
「爪で掻いて傷つけたんじゃないの」
「さあ」
「とりあえずお風呂に入ろうか」

 僕はお風呂に入ると、竜崎の身体を洗ってあげた。彼は結構綺麗好きなのだけど、自分で身体を洗わないので、背中を流してやると喜ぶのだ。手を後ろに回すのが辛いらしい。器用なのか不器用なのかよく分からない。
 風呂からあがってネットで調べると、彼の症状は尿膜管遺残とかいうちょっと大変な病気の可能性もあったけど、まだ症状が出てそんなに時間がたってないのでただの臍炎じゃないかと思われた。

「疲れがたまって、免疫力が落ちてるんじゃないかな。消毒液塗って休めばよくなると思うよ」
 僕は部屋に備え付けてあった救急箱から消毒液と軟膏を探し出すと、下だけ身につけた彼をベッドに座らせて、おへそに塗ってあげた。
 綿棒を使って皺の奥のほうまで消毒してあげると、竜崎は「くすぐったいです」と言った。

「まだ痒い?もう触っちゃ駄目だよ」
「もうそんなに痒くないです。ありがとうございます」
「じゃあ、今日は休もうか。はい、新しいシャツ」

 僕はベッドに入ると、「おやすみ」と言って布団をかぶった。
 合理性を重視して二人で一つのベッドなんだけども、竜崎は僕の隣で座っている。
 たまに合わせて横になることもあるが、座っている方が寝やすいらしい。

 部屋の電気を消してから30分くらいが経った。
 僕はなんだか寝付けなくて、寝返りをうった。
 竜崎は寝たのだろうか。闇の中で目を見開いて様子を伺うと、彼は首の角度から見てまだ眠りについていないように見えた。今日は寝ないつもりなのかもしれないけれど。

「竜崎」
「…はい?」
 夜中に話しかけたことなんてなかったので、彼は意外そうに返事して僕を見た。

「おへそ、触ってない?」
「触ってません」
「ほんとに?」
「気にしないで寝てください」
「…うん」

 おへそが気になって眠れないなんて確かにちょっと情けない…。僕は竜崎に背を向けて目を閉じた。
 でもどうしても寝付けない。なんでだろう。
 10分くらい経った頃、僕はまた寝返りして座っている竜崎を見上げた。

「竜崎」
「はい?」
「今日は、一緒に布団に入ろうよ」
「えっ?」
「免疫力落ちるくらい疲れてるんだからさ、横になったほうが体力使わないよ」
「はあ…」
 少し戸惑った声で応えて、彼はもぞもぞと布団の中にもぐりこんだ。言うとおりにしないと何回でも話しかけてくると思ったのだろう。

「では寝ますので、もう、話しかけないで下さい」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」

 肩まで布団をかぶって、目を閉じて。
 僕は、今度こそ本当に眠ろうとした。

 でも、

 でも。

 
  僕は完全個人主義で、群れるのが嫌い。干渉されるのが嫌い。人にとやかく言うのも嫌いだし言われるのも嫌い。自分のための完璧主義者、周りの人間との間に薄くて丈夫な壁を作って乾いた距離を保ってきて、そしてそれは竜崎も同じで。
 だからこそ、こんな手錠なんかでつながれて24時間一緒の生活でも平気でいられた、今までは。絶妙のバランスで、互いの距離を保ってきた。
 でも、どうしたらいいんだろう?その距離こそが苦痛になったときは。
 あろうことか、今まで一度も感じたことのない、触れたいという気持ちを彼に対して抱いてしまった時は…!

「りゅ、竜崎」
「え?」

 またか、という感じの声で、彼は聞き返してきた。ごめん、いい加減しつこいよね。

「だっこしていい?」
「……は?」

 完全に予想だにしていなかったセリフだったらしく、竜崎は固まった。
「だっこしていい?」
「言っている意味が分かりません」
「抱きしめていい?」
「え?」
 彼のコンピューターのような脳は、僕の言葉に本気で混乱をきたしたようだった。暗くて表情はよく見えないけど、みじろぎ一つしないで僕のことを凝視している。

「…抱いていい…?」
「え、でも」
 何か言おうとしたらしいけど、かまわずに僕は彼の身体を抱きしめた。すごい細くて華奢で、今まで抱いたことのあるどんな女の子より壊れそうで でも強くって。
 突然、胸の奥がこみあげてくる熱い感情に満たされ、たまらなくなった。

 ぎゅうっと力を入れて、彼を腕の中に閉じ込める。
 これが、好きってことなんだ。これが愛しいってことなんだ。
 ものすごい急だった。僕は唐突すぎるくらい唐突に、彼への想いを自覚した。
 今までどんな女の子と付き合っても愛しいとも別れを惜しいとも思わなかったのは、彼じゃなかったからなんだ。

 竜崎はもぞもぞと動いて僕の腕から抜け出そうとしている。
 その耳元に僕はまた爆弾を投げかけた。

「…キスして、いい?」
「ええっ…」
「健全な青少年を四六時中鎖で繋いで近くに置いてさ…そのくらいの覚悟はあったんでしょ?」
「で、でも」
 わた…と何か言いかけた唇を、僕は自分の口でふさいだ。
 すごい、柔らかい…
 竜崎とのキスだ。他の誰でもない竜崎との。

 愛しい…。濡れた粘膜から溶け合ってしまいたい。一つになりたい。
 唇を舐めてなぞって、中に入って舌を探し出してつついて、吸い上げて…熱い呼吸がお互いの鼻腔の間で交わっている。腕の中で竜崎の身体からだんだん力が抜けていくのが分かって、それがまた愛しくて。
 ああ、どうしよう、こんないやらしくて丁寧なキス、誰にもしたことない…のに…。
 竜崎とはこれからも当分の間つながれて一緒にいないといけないのに。
 やりにくいな…いっそ、キスを終えなければいいんじゃないかな。

 そんなことを考えながら、本当にやめたくなくて、僕はいつまでもいつまでも竜崎の唇をむさぼった。

 

 *

 

 翌朝。
 気がつくと、僕は腕の中に竜崎をだきしめたまま寝てしまっていた。
 竜崎はと見ると、まだ寝ていて。めったに見られない目を閉じた竜崎の顔は、実はとても端整なんだ。目の下にできた黒い隈が少し隙を見せているかのようで色っぽい。
 夢じゃなく、ゆうべ、竜崎とキスした。抱きしめて…唇同士を擦り合わせて何度も何度も舐め上げて吸い取って、思い出しただけで頭の芯がぼうっとして痺れるみたいだ。
 ああ、竜崎…。
 このまま離したくない。どうして今まで、彼の魅力に気付かなかったんだろう。今の僕がどうかしているのか、今までの僕がどうかしていたのかは分からないけど、とにかく、とにかく…
 こみあげる情動のままに竜崎をギュッと抱きしめると、彼は目を開けた。

「…月くん…」
「…何?」
「月くんは私のおへそに気を使いすぎです」
「ははは」
 本気で言ってるんだから、可愛い奴。そういう色気がらみのことに思考が回らないんだきっと。
 僕は竜崎の目元にチュッと軽いキスをした。

「あ、や、やめてください、手も離してください」
「だめ…今日はずっとベッドの中にいよう」
「困ります…」
 彼は僕の腕の中でもぞもぞと動いている。そんな様子もまたカワイイ。
「お願いです、はなしてください」
「だめ…」
「お願いです、トイレに行きたいんです」
 下のほうでごそごそしている彼の足の動きがやけにリアルでほんとっぽかったので、僕はしょうがなく彼から手を離して身体を起こした。

 戸を開けっ放しで、逆向きに便器に座って用を足す彼の姿はいつ見ても変わってる。大学ではこんなことはしてなかったと思うけど、一緒に暮らし始めてからたまに開けたままするようになった。もっとも、ズボンを下ろさなきゃならない時の方はさすがに閉めてるけど。

「あっ」
 なんか小さな悲鳴を上げて竜崎がきょろきょろしてる。
「どうかした?」
「…月くんのせいです…焦ったので手にかかってしまいました」
「はいはい」
 僕はトイレに入って紙をとり、背中側から手を回して彼の物を拭いてあげて服を整えた。
 それから洗面所に連れて行って手を洗わせてあげる。
 竜崎は不満そうにしてたけど、いつも背中を流したりしてあげてるので、逆らわないことにしたらしい。
 その日はそのまま、仕事(と言ってもミサの監視を兼ねた、何をどう探したらいいのかすら分からない捜査だけど)に行った。
 おへそのほうはすぐに治ったようで、翌々日、彼からお礼を言いつつ僕に見せてくれた。


 それから、毎日僕は寝るとき竜崎のことを抱いて寝た。
 彼は最初は嫌そうにしてたけど、鎖もあるわけだし逃げられるはずがない。もう一つベッドを用意するわけにも行かないし、仮に用意したとしても僕が別々に寝ようとなんてするわけないから、不承不承僕の腕の中で目を閉じるようになった。

 腕の中ですやすやと寝息を立てる竜崎は本当に可愛い。
 薄い目蓋の下のくまも、微かに赤みを帯びた唇も。
 まるで白雪姫みたいだ。
 ああ、いとおしい…。
 動くと竜崎は起きてしまうので、僕は朝目が覚めるとまず出来るだけ動かないように気をつけながら竜崎の寝顔をゆっくり観察する。
 それでも、5分もしないうちに竜崎はパッチリ目を覚ましてしまうのだけど。視線を感じるのかなあ。

 松田さんが、「最近竜崎が、夜寝るようになったので嬉しい」と言っていた。前はぶっ通しで何日も徹夜して、急にスイッチが切れたみたいに倒れて十何時間も眠り続けたりしてたらしい。
 そんな生活リズムでは僕を監視するのは無理なので、サイクルをこちらに合わせることにしたのだろう。なんにせよ、いいことだよね。
 もしかして、そのうち竜崎の目の下のくまもなくなるんじゃないかなあ、なんて淡い期待をしてたけど、さすがにそれはなかった。

 

 

 手錠で繋がれてから二ヶ月が経ったころ。
 いつものようにベッドの上で竜崎を引き寄せようとすると、今日は抵抗する気になったのか、竜崎は僕に逆らってベッドから降りた。
 手錠があるから逃げられないのになあ。
「どうしたの竜崎。寝よう?」
「夜神くんは…」
「ん?」
「弥が嫌いなんですか?」
「え?」
 僕は眉間に皺を寄せて聞き返した。なんでここでミサの話が?

「女性を抱いて寝たいなら、弥を呼べばいいじゃないですか。正直、窮屈です」
「別に女の子を抱きたいわけじゃないよ」
「ある程度夜神くんの趣味に付き合わなくてはならないのを覚悟はしていましたが、私を抱いても満足しないからいつまでもやめないのでしょう。弥の柔らかい身体を抱いたらどうですか。無関係の人間を入れるのは困りますが、弥をここに呼ぶのは問題ありません。彼女も喜ぶでしょう」
「なんてこと言うんだよ」

 竜崎は、僕が趣味で彼を抱いていると思ってたんだ。そりゃ、告白もしてないけど…でも、キスだってしたし、態度で分からないのかなあ。ミサなんて、本気でどうだっていいのに。

「じゃあ、竜崎は?」
「はい?」
「竜崎だって、若い健康な男だろ?そういう…女性を抱きたいとか、欲求はないのかよ?」
「ありません、仮にあったとしても、今は我慢する時期だと心得ています」

 要する僕は我慢が足りないと言いたいのか。
 なんだかひどくがっかりしてしまって、僕は黙って布団にもぐりこんだ。
 その隣に竜崎がそっと腰をおろすのが分かった。

 

 それから僕は、竜崎を抱いて寝ることはしなくなった。
 胸の中の想いは募る一方だったけど、我慢ができない駄目な人間だと竜崎に思われるのは嫌だったし、自制の効くところを彼に見せたかった。
 せめて告白くらいしておけばよかったと思ったけど…。
 言わなくたって、こうして手錠で繋がれてるのは同じなんだし、もし玉砕したら、顔も見ないというわけにはいかない。そう思うとなんとなく気がそがれた。

 

 

 一ヶ月が経って…
 捜査は劇的に進展した。
 キラがヨツバの火口と判明し、サクラテレビを使って動かして殺人の方法を解明しようということになった。明日だ。準備は整った。

 今日は明日のためにも早く寝ようということになり、僕は竜崎と一緒に寝室に向かった。
 極力音を立てないように扉を閉める。
 室外と遮断したあと、僕はしばらくその場に立ち尽くした。なんだか焦燥感に胸を焼かれそうで、苦しくて…明日キラが掴まるかもしれないというのに、全然気分が高揚しない。

「夜神くん?」
 扉に向かって立ち尽くし、全然動こうとしない僕に、竜崎が不思議そうに声をかけてきた。
 ああ、竜崎、竜崎、竜崎、竜崎、竜崎。

「竜崎」
「はい」
「好きだ」
「………………………」
 彼は何も言わず黙り込んだ。
 沈黙が痛いよ。何か言ってよ竜崎。

「えっ…すみません、説明してください」
「お前のことが好きなんだ」
「え?夜神くんが私をですか…?」

 僕は、振り向いて彼に向き直った。
 竜崎は目を見開いて僕を凝視している。

「はあ…」
「気付かなかった?」
「気付きませんでした」
「抱きしめて寝たり、キスしたりしてたじゃない」
「そうでした…」

 気づいてないのは知ってたけどさ…。
「で…」
「はい?」
「おまえは…?」
「…………………………………………………」

 竜崎はしばらく沈黙したあと、

「あの、傷つきました…よね?あの時」
 おずおずと切り出した。
「あの時…。ああ……」
「すみません」
 その彼の声は、いつもみたく慇懃無礼で無感情な声色なんかじゃ全然なくて。ぽつりと落とされただけなのに空間を震わせるほど強くて深くて、僕はもう、たまらなくなった。

「竜崎…!」
 手錠を引き寄せて抱きしめると、彼は僕の腕の中でビクンと動いたけど、抵抗する気配はなくて、僕は、久しぶりの抱擁に胸が熱くなって仕方なかった…ああ、竜崎。竜崎。竜崎。

「…好きなんだ…」
「はい…聞きました。…けど」
「けど?」
 竜崎は大きな目で僕を見上げて少し笑った。

「何回聞いても、嬉しいです」

 

 その夜僕は、本当の意味で彼を抱いた。
 初めての感覚に恥じらう姿も、痛みを我慢して涙を滲ませている姿も、愛しくて愛しくて…本当にどうにかなってしまいそうで。
 告白する瞬間、これで最後かと思った。
 今、言わないと、明日には手錠が外れて、この繋がりが絶たれてしまうんじゃないかと…。
 でも違った。これで最後なんかじゃない、これから始まるんだ。

 

 翌朝、僕は目を覚まして竜崎を探した。
 彼はとっくに目を覚ましていたようで、すでにTシャツとジーンズを身に着けて、ベッド脇で壁にもたれて明るくなりはじめた窓をながめていた。ポケットに手を入れて、壁にぺったりつけているせいで背筋がのびたその姿はまるでいつもとは別人のようだった。

「竜崎?」
「…気持ちが、高揚して……」
 すごい大人の表情で振り向く彼は、確かに世界随一の探偵の顔だった。

「今日、キラが捕まるかと思うと」
「ああ…」
「すみません、特別な朝なのに」
 竜崎はベッドに寄って身をかがませると、身体を起こした僕と唇を合わせた。

「もし火口がキラと判明したら、この手錠はどうするの?外す?」
 チャリ、と手錠をあげて聞くと、彼は「あぁ…」と少し逡巡した。

「あの、…夜神くん、言いましたよね」
「なに」
「私は、あなたがキラだったという線を捨てていません。あなたが演技をしている線は捨てましたが、あなたがキラで、キラの力を他人に渡し、記憶をなくしたと考えています」
「うん…」
「ですから、当分手錠は外せません。夜神くんのいかなる主張にかかわらず」
「そう…」

 その時僕は、思わず微笑んでしまった。
 だって、これがある限りは竜崎と離れずにいられるんだから。

「怒らないんですか?」
「怒らないよ、だって、お前と繋がってられるんだろ?理由はともかく」
「ああ…そうですね」

 竜崎は、チャラッと音をたてて、掲げた手首で手錠の鎖をふると、僕を見て笑った。
「もしかしてこの鎖も私の単なる所有欲の表れなのかもしれません」

 

 

 更に準備を進め、夕方になり、サクラテレビから罠の放送番組を流した。
 奈南川に電話して、協力させ、監視カメラ等で火口の様子をうかがう。
 火口がヨシダプロを出たのと同時に、僕らも現地に向かうことになった。

 屋上からヘリに乗ってサクラテレビまで行くという。
 エレベーターに乗りながら、僕はふと、言い知れない恐怖を感じた。
 明らかに顔だけで人を殺せるようになっていた火口。
 今日、このあと、死ぬかもしれない。

「竜崎」
「はい?」
 彼は首を傾げて僕を見上げた。
 きっと竜崎は死ぬことなんて全然考えてないんだろうな…無表情に見えて、その実すごくワクワクしてるのが僕には分かる。まあ、竜崎のことだから火口の前に顔をさらすなんてまねはしないんだろうけれど…

 チュ、と頬に口付けると、竜崎は目をぱちくりさせた。

「これ…おまえにやるよ」
 僕は右腕の腕時計を外すと、竜崎の手をとり、渡した。
「え?」
「腕時計とか、嫌いだと思うけど…」
「嫌いではないですが必要はありません。寝さえしなければ、私は現時刻を常に意識してますので」
「うん…でも、つけてくれない?僕の、一番大事なものなんだ」
 父さんが大学祝いに買ってくれたものだ。
 自分でもおかしいんだけど、これをつけていないとしばしば不安な気持ちになった。まるで自分が自分じゃいられなくなるような。そのくらい、大事なものだった。

「な…何故ですか?そんな大事なものを私に」
「おまえが夕べ、お前の大事なものを僕にくれたから…僕もおかえしに、何かあげたいと思ったんだ」
「……」
「父さんから貰ったものだけど、手錠で繋がってるんだし、どっちがつけてても父さんからしたらおんなじだよ。ね?もらって」

「…分かりました」

 竜崎はこくりと頷くと、左手首に僕の腕時計をつけた。

 

「さあ、行きましょうか」

 

 屋上に出ると、ビルの下に美しい夜景が宝石箱を散らしたように広がっていて、スタンバイしたヘリのプロペラが僕と竜崎の髪を躍らせた。
 

 

END

 

 

 

 

あとがき
こゆきさんとこの日記で見た「おへそをかゆがるRAHLたん写真」がかわゆすぎて悶々してるときに、アニメの24話を見てて思いついた話です。月くんがキャピキャピしててすみません…!
記憶が戻ったキラ様を想像するとうける。
月くんの告白にLが応えなかったら原作どおりのラストになるわけで・・・そういう選択肢を設けてゲームノベルにするのも面白いかな〜と思ったんですが、ラストシーンが書きたかっただけだし他に展開を思いつかなかったのでやめました。
あ!エロシーンがオールカットですみません…。ご自由に想像してください。むしろ書いてください。はあはあ。