お手柔らかに

 

「ねえ」
「ううーーーーーーーーー…」
 深刻そうな四宮の声に、テルはうめき声で答えた。
「すぐ終わるって」
「…だって」
「大丈夫だから」
「…でも」
「そんな、恥ずかしがらなくてもいいだろ…」

 場所は、外科医局付近の廊下のとある一角。
 四宮とテルが、人目を避けるように、額を寄せ合ってひそひそと話している。

「…いいよ、ほっときゃ治るって」
「医者のセリフかよ、早く泌尿器科に行けよ」
「だって」
「だっても何もないだろ、さっさと行って治してもらえ」

 

「何?包茎?」

 二人の後ろから、容赦ない口調で女性の声が上がった。
 バッと振り向く四宮とテル。
「ギャーーーーーー!!!」
 顔を真っ赤にし、涙目になりながらテルが叫んだ。
「え?ホントに?ホントにそうなの?」
 目をきらきら輝かせ始めた胡美の肩を、四宮があわてて掴む。
「違う!水島先生、違うんだ、そうじゃない」
「え、だって、泌尿器科に行ったらすぐ治るって」
「違う!いいか、そんなこと、他のスタッフに言いふらしたりするなよっ!!」
「え?じゃあ何、性病?テル先生、どっかでクラミジアか淋病うつされたの?」
「ちが…ッ」
 胡美のあまりのセリフに、四宮も真っ青になって口をぱくぱくさせた。
 万が一にもそんなことを言いふらされたら、テルの明日はない。

「オ、オレ…もう、だめだ」
 へたへた、とテルが廊下に座り込んだ。
「み、水島先生に聞かれた…」
「あっ、おいっ、気をしっかり持てよテル先生!」
 四宮が慌ててテルの肩を抱く。
「大丈夫だって、ちゃんと説明したら分かってくれるから」
「何をどう説明するんだよぉ〜〜〜」
 涙混じりの声で壁にすがりついているテルに、どう言葉をかけたらよいか分からず、四宮もただうろたえるばかり。そんな二人の様子を、胡美は楽しそうに見ている。

「ああ…あ〜〜、つ、つまり…」
 性病や包茎などと院内に言いふらされたら大変である。テルと四宮は、しどろもどろの言い訳を始めた。
「その、病気は病気でも、性病とかじゃ、なくて…」
「膀胱炎なんだよ…テル先生」
「膀胱炎?」
 胡美は目をぱちぱちさせて聞き返した。
「テル先生、おしっこ我慢してたの?」
「あ…うん…まあ…」
「じゃなかったらそうそうならないだろ…膀胱炎なんて…」
 眉間にしわを寄せながら四宮が続ける。
「ダメじゃない、医者なのに」
「だって…」
 テルは面白くない顔で、四宮をちらっと見た。
「四宮が車で変なとこ連れて行くから…」
「な、変なとこってなんだよ、君がドライブしたいって言うから、高速に連れてってやったんだろ」
「三時間もノンストップで飛ばすなんて言わなかったじゃないか!」
「途中で言ってくれたら、いくらでも、パーキングエリアとか手洗いのある場所に下ろしてやったのに、なんで言わないんだよ」
「だって、四宮ったら、サングラスかけてへんなクラシック入れて、めちゃくちゃ一人でムード作って、『綺麗だろ?この辺の風景』とか言ってんのに、『小便したいから車止めて』なんて、なかなか言えないだろー!」
「キミッてば、ボクが必死でキスのタイミングを見計らっているときに、そんなこと考えていたのかよ」
「お前こそ、人がトイレ行きたくて死にそうになっているときにそんなアホなことを…」
「ねえ」
 四宮とテルの口論は胡美の声で中断された。
「要するに二人はつきあってるのね?」

「あっ…」

 

アトガキ
今日読んだ「泌尿器科医一本木守」という漫画が面白かったのでつい。
水島先生を胡美にするか水島にするかで悩んだのですが、前に山本先生が「胡美」って呼んでた気がするので胡美で…