鳥をさがす旅 3                   日向夕子

「今日は山越えしようか」
 朝食の席でクレヴァーが言った。早朝に見せた様子は忘れてしまったかのように振る舞うので、ゼリスも考えないことにした。あの少女が誰なのか、聞かなくても分かったようには思った。
「山越えって、そこの峠?」
「うん」
 カリオルが指さしている山は、ゼリスも自分の村からよく見る。『精霊の谷間』のある山ほどではないが、深い森に包まれたところである。こうして近くに来るのは初めてだった。
 ゼリスには分からなかったが、クレヴァーの言葉によると今から出発すれば夕方前にはむこうの町に着くだろうと言うことだった。割と大きな道もあると聞くので、運が良ければまた同方向に行く馬車に同乗させてもらえるかもしれない。
 それにしても、とゼリスはそっと辺りを見回した。
 食事をしているここは泊まった宿の備え付けの食堂で、そしてこの宿は町はずれの安宿なのだが、それにしてもお世辞にもまっとうな職には見えない連中が目立つ。
 路銀が少ないのでと安い宿を頼んだのは自分なのだが、少し後悔した。何事もないようにと、祈るしかない。
 その心中を悟ったのか、
「この辺は商業都市の影響少しうけてきているからね」
 と言う。ゼリスとカリオルは首をかしげた。
「商業都市の影響をうけたらどうしてあーゆーのが増えるんだ?」
「大都市では必ず表の商売と裏の商売がはやる。大通りの隣に暗い路地が続くものだし、そういう傾向は街が大きいほど強くなるものだ」
「ふ〜ん…」
 ではやはり裏の方の宿をとってしまったということだろう。
「まあ、もうここも出るからね」
 何でもなさそうにクレヴァーが言うので、ゼリスもひとまず安心した。
 しかし、店の奥の席で人相の悪い3人組がこちらを見て何事か相談するのを、カリオルだけはしっかり見たのだった。

「俺ちょっと出てくる」
 ゼリスがまだ食べ終わらない内に、カリオルが立ち上がった。
「え?」
「すぐ帰る。1時間もしないで帰るから。だって外に来るの久しぶりなんだ」
 この場合「外」というのは『守護せし世界』の外のことである。カリオルが本当に何年も『守護せし世界』を出ずに暮らしていることをクレヴァーは知っているので、止められない。
「じゃあカリオルが帰ってくるまで道程の説明でもしようか」
 カリオルが行ってしまってから、溜め息混じりにクレヴァーが言った。
「え、でもカリオルさんにも説明しないといけないんじゃ?」
「いいんだ、どうせ言ったって聞かないし、頭に入らないんだ、あの子は」
「……」
 ひどい言われようだ、とゼリスは思った。
 クレヴァーは荷物から地図の束を取り出した。さすが日頃人間界を旅していると言うだけあって、その量は並ではない。使い込んであるのがすぐ分かる。中には自分で書いたものもあるようだった。
 そこから取り出した一枚の地図を広げ、クレヴァーは現在地を指さす。
「今、ここにいるでしょう?で、今日ここを登って降りて、この町から有料なんだけどカリオルさんの街に行く馬車が、定期的に出てるはずだからそれに乗って、カリオルさんの家まで行く。そうするとエターナルはすぐそこだ」
「ああ」
 クレヴァーの指を追っていって、ゼリスは頷いた。カリオルの所へはただ挨拶に行くだけではないのだ。ちょうど通り道なのである。
「多分カリオルさんなら馬とかも貸してくれるだろうし…あるいはエターナルに運ぶ荷物に紛れ込ませてくれるかもしれないな…」
「エターナルに運ぶ荷物?」
「カリオルさんは大商人だからね。あまり国家として生産力のないエターナルは外からの物資に頼っているところが大きい。近場のカリオルさんが一番儲けさせてもらっているはずだ」
「ふ〜ん…」
 生産力がないというエターナルを見る。思ったよりずっと小さかった。ゼリスの町に毛が生えたくらいだ。もっともゼリスのふるさとは農作地が多く人家が少ないので、人口の差はどれほどか分からないが。
 それにしてもこの国の真ん中に堂々とある。独立宣言をしたわけでもあるまいし、こんなところで国家を名乗ってもいいのだろうかと10歳のゼリスでさえ不審に思う。
 クレヴァーが説明するところによると、
「ここは元々ある富豪の私有地だったんだ。まぁエターナルそのものが金持ちの道楽という感じだからね…集まってきた人はともかくとして」
「道楽…」
「もっと規模が大きくなったら国も何か対処しなくちゃいけないんだろうけど、今のところは何もしてないみたいだなぁ…」
「……」
 聞けば聞くほど「何かが違う」気がする。サルフィンに騙されたかもしれないな、と、悪い意味ではなくゼリスは思った。
「どうしてぼくじゃないと駄目なんだろう…」
 ふとそんな疑問が頭をよぎって、ゼリスはぽつりと呟いた。
「そうだね、それは多分君が人間で…サルフによく似ているから、かな」
「?」
「…サルフがまだ精霊王でない頃、一緒に旅をしたことがある。他の仲間と何人かでね。今はみんなそれぞれに暮らしているけれど、あの頃は本当に楽しかったよ。私が丁度ゼリスくらいで、サルフが今の私くらいだった。」
 何の脈絡もなく、懐かしそうにクレヴァーは話し出した。
「サルフは天才児でね、剣技が特にすばらしかった。カリオルも強いよ。彼の剣はサルフじこみだ。私は何もできない子供だったから、いつもサルフに世話になってたな」
「ふ〜ん…」
 クレヴァーが何もできない子供だったなどと、簡単には信じられない。エルフで、どうやら魔術が使えて、こんなにも頼りになるのに。
「そんな風に旅ばかりしてたサルフだから、精霊王になってあの世界を出られないのがかわいそうで。時々遊びに行くのだけど…。ゼリス、私は君に、ぜひサルフのいい友達になってほしいんだ」
「え、え? ぼくが?」
 それはもちろん、友達になってくれるのならこっちから頭を下げたいくらいだ。
「うん、そして、サルフは君に、ラマーシャの友達になってほしいんだと思うな」
「……」
 ふと、今朝見た夢での中の少女のことが思い出された。
 その時、店の者が茶を持ってきた。
「ありがとう」
 クレヴァーはその茶を一口飲んで…眉をひそめた。

「なぁ、このへんにいい宿はないか?」
 その頃カリオルは、路地裏の石畳に腰かけて、3人ほどの少年達にこう尋ねていた。
 少年達は粗末な服を着て、一様にどことなく汚れている。皆だいたいカリオルより5つくらい年下のようだった。
「いい宿?」
「そこの宿は安くて鍵も飯もついてるよ。まあ毎回腹こわして病院行く奴出るけど」
「あっちの方のはだめだよ。出てくるとき荷物から必ず何かなくなってるって」
「でも兄ちゃん強いからなぁ」
「うん、兄ちゃんなら大丈夫だよ」
 つい先ほど、歩いているカリオルの持つ剣を盗もうとして、返り討ちにあった少年達は羨望のまなざしでカリオルを眺めた。だが特にいい気分もしないで、カリオルは今朝出てきた宿、つまり今ゼリスとクレヴァーがいる宿を指して訊いた。
「あそこなんかは?」
「ああ、あそこは結構まともな部類だな」
「うん、いつもは。時々副業やってるけど」
「副業…?」
 少年達はこともなげに言う。
「人売りしてるんだよ」
「たまに客をこっそり売り飛ばしたりね」
「なんか山の向こうの町の裏ギルドに持ってくんだってー」
「知ってる? 金髪って高く売れるんだよ」
「……」
 眉間にしわを寄せるカリオル。次の瞬間、きびすを返して軽く手を上げた。
「分かった。宿選びには十分気を付ける」
 引き留めるような声も聞かず、カリオルは足早に宿へ向かった。それほど時間も経っていないし、二人はまだ食堂にいるはずだ。
 宿の扉をやや乱暴に開ける。ここが精霊界であったならガーウィムズが眉間にしわ寄せてたしなめたかも知れない。…だがはたして、そこに連れの姿はなかった。
  

 クレヴァーが越えようと言っていた山の中、一つの馬車が走っていた。
 粗末な作りではあるが幌もあり、中は見えないようになっている。御者台に座る男はいかにも人相が悪く、容赦ない視線をまわりに送っていた。
 馬車の中にも2人の男が座っていた。御者と変わらない容貌である。
「しかしまぁ」
 と、煙草に火をつけながら一人の男が床に転がったものを見た。
「今回はずいぶん上玉を手に入れたもんだ」
 にやりと笑って伸ばした手が、見事な金色の髪をつかんだ。床に転がされているのは、両手両脚を縛られ、口をふさがれたクレヴァーだった。
 その横に同様の状態でいるのが、当然ゼリスである。2人とも意識がないらしく、その呼吸は浅い。
「まぁ、そのガキの方は売れるかどうか分からないがな」
「この金髪が二人分稼いでくれるだろうよ」
 下卑た笑いを2人で浮かべたとき、唐突に馬車が大きく揺れた。馬のいななきと、人間の悲鳴。明らかに御者のものだった。
「何だ!?」
 大揺れと騒ぎはすぐにおさまり、馬車は止まった。男達は何事かと顔を見合わせ、一人が幌から少しだけ顔を出した。
 とたん、首筋につきつけられる剣。ひっと男は息をのんだ。
「オレの連れを返してもらうぞ」
 そう言ったのはまだ子供だった。
 怯んだところを、首をつかまれて馬車から引きずり出され、剣の柄で打たれて昏倒する。
「何してやがる!」
 もう一人が怒声とともに、馬車から飛び下りる。
 どうやらこちらは少しはできそうだな、と襲撃者の少年―カリオルは、改めて剣を構える。
「………」
 男が剣をぬいたのが、戦闘開始の合図だった。
 するどい踏み込みで、カリオルが男に切りかかる。その速さに男はぎょっとしたが、何とかかわして間合いをはかる。
 だがカリオルはその暇を与えず、軸足で方向回転したと同時にふたたび襲いかかる。
(くそっ)
 男は防戦一方になりながら、心の中で毒づく。
 いったいこの少年の強さはなんだ? 技術がどうというより、身体機能がずばぬけている。しかも、このためらいのなさ。悪事を働いているふうには見えないのに、人を斬ることに躊躇がなさそうだ。
 ついに、男の剣がはね飛ばされて宙に舞った。
「ちっ…!」
 殺されるか、と思ったとき、何の前ぶれもなく、馬車が動き出した。
「カリオル、乗って!」
 よく通る、澄んだ声が少年を呼んだ。すると少年は男には目もくれず、走り出した馬車にむかって駆け出す。
「ま、待てこら!」
 男は思わず手ぶらで追いかけたが、少年の脚の速さは異常なまでだった。
 あっという間に、進む馬車に追いついて、御者台に飛び乗った。
 置いていかれた男のほうは、突如ふきつけた強風にあおられ、次いで気絶している仲間の御者につまずいて転んだ。
「ちっくしょう、何なんだあいつは!」
 大金になるはずだった獲物を乗せた馬車は、容赦なく走り去っていった。

「やぁ、助けてくれてありがとう」
 御者台で馬を操っているクレヴァーが、前をむいたままにっこりと笑ってカリオルに礼を言った。
「ありがとうって、なんでお前、こんなにぴんぴんしてるんだよ。さらわれたんじゃなかったのか?」
「さらわれたよ。どうせカリオルが助けに来てくれると思ったしね」
「ゼリスは?」
「後ろで縛られて眠ってる。薬を盛られたから」
「…なんでクレヴァーは眠らなかったんだ?」
「薬師の兄にはおよばなくても、私だって薬の匂いくらいは分かるよ。飲んだように見せかけて、寝た真似をしていたんだ」
 カリオルは心底呆れたような顔をしてみせた。
「なんで?」
「だってほら、こうして馬車が手に入ったじゃない」
 どうやら、ただで馬車を手に入れるために、わざわざ人売りに連れさらわれたらしい。ゼリスをまきぞえにしてまで。
「なーんだ。助けに来るんじゃなかった」
「そうしたら、カリオルは置き去りだったよ。それに、助けに来てくれなかったら、私だって彼らの目を盗んで縄をほどいたりはできなかったしね」
「…ゼリス、起こしてくる」
 ふーっとため息をついて、カリオルは幌の上を歩いていった。
「もう、無茶しないでくださいよ」
 クレヴァーの耳元で、姿は見えないが何者かの声がした。こちらも呆れた調子の、ティティニアである。
「無茶かな?ごめんね。助けてくれてありがとう」
 まったく悪びれないで、クレヴァーは笑った。

 ゼリスが目を覚ますと、なぜか記憶にない馬車の中にいた。
「???」
 はて、自分はいったいどうしてこんなところで寝ていたのだったろう、と首をかしげると、横にすわっていたカリオルが水をくれた。
「ようやく起きたな。起こしても寝つづけてたから。体は大丈夫か?」
「はい。何で馬車に乗ってるんでしたっけ?ぼく、倒れました?」
 ゼリスの問いに、カリオルはなんとも言えない顔で頭を横にふった。
「クレヴァーが、悪党の馬車とっちゃったんだ」
「はぁ?」
 何を言っているんだろう、と思ったが、その後のカリオルの説明をきいて、ゼリスは青ざめた。
「な、そんなことしたんですか? え、じゃあぼく売られるところだったんですか? ていうか、追っかけてきたりしないんですか?」
「さあ」
「さぁって…」
 人身売買を行っているような人間の馬車を掠め取ったことに関しては、カリオルはあっけらかんとしていた。もっとも、彼の言葉を信じるのなら、この少年は一人で三人の男を片付けたそうなのだから、そんな反応なのも仕方ないのかもしれない。
「まーカリオルが何とかしてくれるだろ。悪いことになっても」
 ここで言われるカリオルとは、少年の伯父をさすのだろう。
 それにしても、あの穏やかそうなエルフのクレヴァーが、そんな、悪どいというか、狡猾なことをするとは、意外だった。さすがはあちこちを旅しているだけあってしたたかだ。ゼリスの中のクレヴァー像が少し崩れた。
「もう町に入ってるぞ」
 幌の外に顔を出していたカリオルが、楽しそうな声をあげた。
 ゼリスも一緒に顔をつきだすと、活気のある町並みが視界に広がった。並足で進む馬車の背後に、景色がどんどん流れていった。
 朝までいた町より大きいのは確かのようだ。まだ山が近くに見えるので町の中心部ではないようだが、それでも村育ちのゼリスには十分都会に見えた。
 なにより建物の彩色があざやかである。馬車の走る道も広く、ゼリスの故郷の、道といえば畑の中のあぜ道というのとは違う。
「あっカリオルさん、あれは何ですか?」
「あれはからくり時計だろ、多分。時間になると人形が動くんだ」
「え、本当に!?見てみたいなぁ…」
「見られるよ。後で動く時間に来ればいい」
「うん。あ、あれは?」
「あれは斬首台」
「へ、へぇ…」
 そんなふうにあれこれを見ていると、そのうち広い道の端の、人だかりが目に入った。何かを売っているという様子でもなく、それでいて賑やかである。
 何だろう、とゼリスが目をこらすと、その横でカリオルが馬車を飛び下りた。
「カリオルさん!?」
「後でおっかける。クレヴァーに言っといて」
「え、ちょっと…」
 驚いて困り果てるゼリスだが、そこにティティニアが姿を現した。
「あ、ティティニア! カリオルさんがどっか行っちゃった」
 するとティティニアは肩をすくめてみせる。
「なんだか、路上で剣の試合をやってるみたい。出てみたいんじゃない?」
「そんなー」
「でも強かったよ、カリオルさん。そうは見えないけど」
 そう言っている間にも、馬車はどんどんカリオルから遠ざかっていく。とりあえず、何があってもティティニアがすぐに呼びにいけるというので、ゼリスは大人しく馬車にゆられていることにした。

 やがて馬車は町の中心のあたりに来て、止まった。
 御者台からクレヴァーが降りて、誰かと話している声が聞こえたので、ゼリスも幌から降りてみることにした。
 薬で眠らされていたせいもあるのだろうか、どうも体がよく動かない。伸びをしたりあちこちを動かしてみて、関節を鳴らした。
「あ、ゼリス、こっち」
 クレヴァーが手招きするので行ってみると、どうやら馬車がついたのはそこそこ大きな商店のようで、クレヴァーはそこの店員と話をしていた。
 ゼリスがクレヴァーの横に立つのと同時に、店員は店の奥に消えていった。
「店長さんに取り次いでくれるって。店長さんっていうのは、カリオル伯父さんね」
 こくんとゼリスが頷くと、先程の店員が戻ってきて、「とりあえず馬を厩のほうに」と手綱をとって見せの裏に案内した。
「あ、この馬はよかったらさしあげます、って伝えてください。どうせ貰い物なので」
 しれっとクレヴァーは言う。「貰い物」ではなく「奪い物」だと知っているゼリスはひそかに顔をひきつらせた。
「あれ? そういえば、カリオルは?」
 馬車と馬をはなしたときに、ようやくカリオルの不在に気がついたようで、クレヴァーはゼリスに尋ねた。
「道端の剣の試合に行っちゃいました。後で追いかけるからって」
「へぇ。まあいいか。稼いできてくれそうだし」
 あっさりと頷く。どうやらカリオルの剣の腕については、そうとう周囲の信頼はあついらしい、とゼリスは考えた。
(すごいな、強いんだなカリオルさん。強い男ってかっこいいなぁ…)
 やっぱり男は強くなくちゃな。あとで鍛えてもらおう、と決める。

 道に面した方は商店となっているが、奥のはなれは経営者の住居になっているらしい。何人かの使用人の部屋や客間もあるようで、すべてを合わせると、なかなか広い屋敷だった。
通された応接間に現れたカリオル伯父は、年齢は40代ほどの、感じのいい男だった。
 ゼリスから見ると本当におじさんだったが、それでも印象は若々しかった。長い黒髪もつややかで、物腰は機敏というよりはゆったりと穏やかだが、動きに無駄がない。
「やあ、久しぶりだねクレヴァー君!」
 懐かしさと驚きがまじった声で、カリオル伯父は喜色満面で迎えてくれた。
「お久しぶりです、カリオルさん。お元気そうで何よりです」
「本当に久しぶりだな、大きくなったね。いやむしろ、綺麗になったねと言いたいね」
 軽口をたたいてから、カリオル伯父はゼリスを見て「こちらは?」という目をした。
「この子は友人のゼリスです。あともう一人連れがいるんですが、ふらふらとどこかに行ってしまって。すぐに来るとは思うんですけれど」
「そうか。よろしく、ゼリス。私はカリオル。ティージアと呼ぶ人もいるけれどね」
 カリオルは父のくれた名前で、ティージアは祖父のくれた名前なのだと教えてくれた。
 クレヴァーが泊まりたい旨を言うと、カリオル伯父は快く承諾してくれた。とりあえずこの屋敷の中にゼリスたちの部屋を用意してくれる。
 思い出して母ルルトからの手紙をカリオル伯父に渡すと、彼は「ゼリス君はルルトの息子か!」と大喜びしてくれた。
 ルルトの知り合いが、クレヴァーの知り合いでもある。世の中は見えない不思議な縁で結ばれているのだなぁ、とゼリスは思った。
「夕食になったら呼びに行くから、それまでくつろいでいてくれ」
 という言葉に甘えて、ゼリスは部屋に荷物をおいて落ち着いてみたが、そうするとカリオルが気になった。はたして無事なのだろうか。

 ゼリスに心配されているカリオルは、その少し前、一気に三人抜きを果たして周囲の驚愕と賛嘆の目にさらされていた。
 五人抜きをした者には賞金が用意されているらしい。参加費用に銀貨が必要だったが、それは馬車の中にあった、人さらいたちの財布から失敬した。実はクレヴァー以上に抜け目がない少年である。
「すごいな!魔法みたいにでかい男どもをやっつけちまった」
「あんな小さな子供が?冗談だろ」
「まだ12歳くらいなのに、いったい何者なんだ?」
「おい誰か、あの子供を倒せる奴はいないのか?」
 というような野次馬の言葉を聞いて、カリオルはふと自分の手足の長さを確認して、少し顔をしかめた。
 さあ次はどこのどいつだ、と野次馬の群れを見渡して、その輪の外のほうに、この場に似つかわしくない、長い金髪の男と目があった。
 上品そうな面立ちのその男は、カリオルを見て驚いたような表情をしている。それはどうやら他の人間のような、こんな小さい子供が三人抜きをしたなんて信じられない、という顔ではない。明らかにカリオルを知っているようだった。
(? 誰だったかな?)
 カリオルの記憶の片隅にも、その男の姿があった。しかし誰だったかは思い出せない。
 頭の中からその男のことを探し出す前に、四人目の挑戦者が現れて、カリオルはそちらに気をとられてしまった。
 結局彼は五人抜きを果たしたのだが、賞金をもらってふりむいたとき、金髪の男の姿はどこにもなかった。
 誰だったのだろう、と首をかしげるが、やはり思い出せない。
 ただ、ひとつ分かることがある。
(あいつ、人間じゃなかったな)

続く