魔界王子のブラボーな一日       日向夕子

 

やみめ は魔界の王子様です。

魔界にはたくさんのおばけたちが住んでいます。そのおばけたちを統括するのがやみめのお父さんで、お父さんの一番目の息子がやみめなので、やみめは皇太子殿下と呼ばれていて、次の王様になる予定なのですが、そのへんのことは、やみめはまだよく分りません。

やみめはまだ小さいのです。

ある日やみめは、カエルにされた王子様のおはなしを読みました。

王子様は、お姫様のキスでもとの姿に戻るのです。

本を閉じてから、やみめは考えました。

魔界には魔法を使う人がたくさんいるんですから、この本の中で王子様がカエルにされたように、誰かにカエルにされてしまった人がいるかもしれなくて、でも王子の自分はここにいるのだから、もしカエルにされた人がいるのだったら、それはお姫様なんじゃないかしら。

それなら、王子のやみめがそのお姫様にキスして、もとの姿に戻してあげなくてはなりません。

カエルを探しに、やみめはテラスをぬけて庭に出ました。

魔界のおばけたちの中には、夜が好きなおばけもたくさんいます。だから、昼はかえって静かなのでした。

庭園はあかるい太陽の光にてらされて、とても気持ちがいい緑にあふれていました。池に行ってみると、水面がきらきらと照りかえしています。

「カエル、カエル」

 池のまわりをゆっくり探していくと、葉っぱの上に、かわいらしいアマガエルがちょこんと座っているのが目にはいりました。まるでやみめを待っていたかのようです。

「おいで」

 アマガエルを掌にのせて、「今もとに戻してあげるね」と話しかけると、やみめはそっとキスしました。

 ところが、アマガエルは何も変わりません。緑のかわいらしい姿のまま、「ケロケロ」と鳴くと、やみめの手から飛び下りてどこかへ行ってしまいました。

 残念ながら、魔法にかかったアマガエルではなかったようです。やみめはとてもがっかりしました。

 そこで、ほかのカエルを探してみることにしました。もしかしたら、アマガエルは小さすぎるので、魔法でもひとりの人をそんなに小さくはできないんじゃないかしら、それならもうすこし大きなカエルを探さなくちゃいけないのかな、とやみめは一生懸命に考えて、今度はガマガエルを見つけて掌にのせました。

 ガマガエルはのっそりとしていて、やみめの目から見てもあまりお姫様らしくはなかったのですが、やみめのお父さんがいつも「外見にまどわされてはいけないよ」と言うのを思い出し、キスしてみることにしました。

 しかしやっぱりガマガエルはガマガエルのままでした。

 やみめはふたたびがっかりしました。

 それでもまだあきらめず、やみめは池の中をのぞきこみました。

 すると、やみめの鼻先を、きらきらした水色の魚がすぅっと泳いでいきました。

 そこで、やみめははっと思い出します。魚になった女の子の話を、前に読まなかったっけ? では、きっと魚になったお姫様もいるはずです。

「今、戻してあげる」

 やみめはその魚をすくいあげて、つめたい鱗の顔にキスしようとしました。

 これはなかなか難しくて、魚はやみめの手の中でぴちぴちと嫌がります。それでもなだめすかして成しとげて、ところが、やっぱり魚も魚のままでした。

 やみめはとてもがっかりして首をかしげました。この庭には、お姫様はいないのかしら?

 でも、自分がえらぶ相手が間違っているだけかもしれない、とやみめは考えなおします。どこかで、本当のお姫様が待っているのかもしれないのです。

「うん、もっと探そう」

 今度は見た目にお姫様らしいものを探してみようと、やみめは考えました。この庭でお姫様らしいものといったら、何でしょうか。

「あっ、バラだ」

 どこからかバラのいい香りがしてきたので、やみめはぽんと手をうって、バラ園の方に走り出しました。

 木になってしまった女の子の話を思い出したのでした。

 バラ園にはたくさんの種類のバラが咲いています。やみめが一番好きなのは白バラでした。清楚で可憐な白バラ。そう考えると、白バラほどお姫様に似つかわしいものはないような気がしてきました。

 バラ園につくと、見たことのある女官が、城の中に飾るバラを切っているところでした。

「あっ、切っちゃだめ。切っちゃだめ」

 あわててやみめは女官を止めました。バラはお姫様かもしれないのです。お姫様を切ってしまうなんて、あまりにもかわいそうです。

「やみめ様? どうしたんですか?」

 女官は困って首をかしげました。王子の言いつけはきかなくてはいけませんが、バラを切っていくのは女官の仕事ですから、止められるとどうしようもなくなります。

「あのね、このバラがお姫様だったらかわいそうでしょう?」

「はい?」

 女官はやみめの話し方には慣れていたので、我慢強くその内容をききました。

「ぼく本で読んだんだけど、王子様がカエルにされちゃったら、お姫様がキスしてもとの姿に戻してあげなくちゃいけないの」

「はい」

「それでぼく、もしかしたらこの庭にもカエルにされたお姫様がいるんじゃないかしらって思って、アマガエルとガマガエルにキスしたんだけども、それはお姫様じゃなくって、本当のカエルだったみたいだから、今度はお魚になった女の子のこと思い出して、お魚にキスしたんだけども、それも本当のお魚だったみたいだから、今度は木になった女の子のこと思い出して、白バラがお姫さまなんじゃないかなって思ったの」

「はい」

「だから、白バラがお姫様だったら、きっと切られたら痛いと思うから、切っちゃだめ。キスしてもとの姿に戻してあげなくちゃ」

 それをきいた女官はすこし考えて、言いました。

「じゃあやみめ様、もしやみめ様がくちづけしてもお姫様にならなくて、バラのままだったら、その後ではバラを切ってもいいですか?」

 言われたやみめは、女官よりも、もっといっぱい考えました。

もしぼくがキスしてもお姫様にならなかったら、そのバラは本当のバラなんだな、きっと。それで、本当のバラはいつも切ってお城の中に飾っているんだから、切っても泣いたりしないんだな。それなら、切ってもいいんじゃないかしら?

「うん、いいよ」

 女官はほっとした笑顔を見せて、やみめの肩をやさしく押しました。

「では、くちづけしてみましょう、やみめ様」

「うん」

 やみめは、かぐわしい白バラの、やわらかな真ん中の花びらにキスをしました。

 でもやっぱり、白バラは白バラのままでした。

 やみめは、とてもとてもがっかりしました。女官は心から同情したようにやみめに慰めの言葉をかけました。

「残念でしたわね、やみめ様。でもきっと、ちょっと違っただけですよ」

「…あのね、ほかのバラはもしかしたらお姫様かもしれないでしょう? ぼく、ほかのバラにもキスしてみるから、それから本当のバラだって分かったバラだけ切ってくれる?」

「分かりました。本当のバラだって分かったバラを教えてくださいね」

 そういうわけで、やみめはほかの全部のバラにもキスをしていったのです。ですが、その内ひとつとしてお姫様であったバラはありませんでした。

 ふー…とため息をついて、やみめは女官にすべて本当のバラだったことを告げ、仕事の邪魔をしたことをあやまって、バラ園を去りました。

 なんだかとってもがっかりしたので、下をむいてとぼとぼと歩いていると、誰かにドンっとぶつかってしまいました。

「あっごめんなさい」

「あれ、やみめ」

 やみめがぶつかった相手は、弟の しらほ でした。

 弟といっても、しらほはやみめと同じ年です。それから、やみめのお母さんとしらほのお母さんは違います(それはやみめのお家以外では珍しいことなのだと、いつだか聞いたことがあります)。

そして、同じく王様の子供であるのに、しらほはどうしてか周りから王子様とは呼ばれていないのですが、その理由についてはやみめはまだよく分かりません。

 でもその訳を、しらほは分かっているようです。しらほはとても頭がよくて、やみめと同じ年であるのにまるで大人のようです。やみめのことを時々、馬鹿にするのを通りこして、いっそ憐れに思っているような目で見るのですが、もちろんやみめはそんなこと気づいていません。

「元気ないな、どうした?」

 しらほのさらさらとした白い髪がゆれるのを見て、やみめは白雪という名のお姫様の話を思い出しました。もっとも、そのお姫様は髪の毛はやみめのような黒だったのですが、とにかくやみめはこう思いました。

 もしかしてやっぱり、魔法で人を小さなものに変えるのは難しいんじゃないかな。そうだとしたら、きっと同じくらいの大きさにするはずだし、それならしらほがお姫様ってこともあるんじゃないかしら。

「あのね、しらほ、キスしていい?」

「ん? なんで?」

 しらほは唐突なやみめの言葉に、不思議というより不審そうな面持ちで問いかえしました。

「あのねぇ、ぼく本で、カエルにされた王子様の話読んだの。お姫様のキスでもとの姿に戻ってたから、ぼくがしらほにキスしたら、しらほはどうなるかなって思ったの」

 するとしらほは、なんとも複雑な微笑みをうかべました。

「ぼくが王子様になるかもしれないって? ぼくが王子になってもいいのか、やみめ? くれると言うなら、次期王座はよろこんでもらうけどね」

 やみめはしばし黙って、首をかしげました。しらほの言っている意味がよく分からなかったのです。

 王座をもらうというのは、多分王様になるということで、どうやら王子様は将来王様になるものだというのは、最近なんとなく分かってきたのですが、王子は自分であるのでしらほではないはずで、もししらほが王子になってやみめが王子でなくなるのだったら、実際そんなことはやみめにはどちらでもいいのですが、そしたらしらほが将来王様になるのかもしれません。

 そこまで一生懸命考えて、ようやくやみめはしらほが誤解していることに思いあたりました。

「違うよ。しらほは王子様じゃなくて、お姫様になるんじゃないかなと思ったの」

 やみめは、アマガエルにキスしたところから、もう一度説明をはじめました。

「ははぁ…あいかわらずだな、やみめ」

 聞きおわってしらほは呆れたように呟きました。そこで何か思いついたような顔をして、それから眉間にしわをよせてやみめに言うには、

「ということは、バラはともかくカエルや池につけた口で、ぼくにキスしようっていうのか?冗談だろう。 手と顔洗ってきたなら、キスしてもいいよ。行っといで」

「うん」

 やみめはすなおに頷いて、城のほうに走って戻りました。

 テラスをぬけて、お風呂場へ行きます。洗面台には花の香りのする水が、いつもたたえられているので、そこで手と顔をきれいに洗いました。そしてまた走ってしらほのところへ戻ります。

途中でやみめの優しいお母さんが、お茶にさそってくれたのですが、「あとでー」とお断りしてどんどん走っていきました。

 あの生垣のむこうにしらほがいるぞ、と思ったとき、しらほと誰かの声が聞こえたようでした。

「お待たせ」

 生垣をこえて、やみめはあれ?と思いました。そこにはしらほしかいなかったからです。

「今、だれかいなかった?」

「いや、ぼくだけだよ。なんで?」

 ううん、と首を横にふります。やみめの聞き間違いだったのかもしれません。

「あ、そうだやみめ。いいこと教えてあげよう。魔法をとく時のキスは、キスしてから十秒は目を閉じていないといけないんだ」

「そうじゃなきゃ魔法がとけないの?」

「そう。とくに大きいものの場合。だから目を十秒閉じてるんだよ、分かった?」

「うん」

 神妙にうなずいて、やみめは頭の中で手順を確認すると、しらほにキスしました。そしてそのまま十秒間目をとじています。

「…きゅーう、じゅーう! 十たったよ、目開けるね」

 十を数えて目を開けると、そこには…きれいな女の人が立っていました。

「………………」

 やみめは驚いて目を丸くしました。本当にしらほはお姫様だったのでしょうか。しかしそれにしては、今やみめの前でにこにこと笑っている女性は、さっきバラを切っていた女官なのです。

 やみめは頑張って考えました。王子のやみめがキスをして、目をあけたらしらほは女の人になっていたのですから、この女官がしらほの本当の姿なのでしょうが、それはお姫様ではなくて、いや実はお姫様なのかもしれないのですが…とにかく、さっきまでのしらほはいなくなってしまったのです。

 やみめは不意にとても悲しく、淋しくなりました。

 がっかりなどというものではありません。ずっと一緒に育ってきたしらほにもう会えないのかと思うと、つらくてつらくて、黒い宝石のような目に涙がいっぱいたまりました。

「やみめ様、どうしたんですか?」

 泣き顔になったやみめに、女官は驚いて問いかけました。

「あのね、ぼく、しらほがお姫様に戻りたかったんだとしても、しらほはしらほのままでいた方がよかった」

「まぁ…ごめんなさい、やみめ様。しらほ様が遊びを思いついたというので、つい一緒になってやみめ様をからかってしまいました」

「え?」

 からかった? 遊び? なんのことでしょう。

やみめが首をかしげると、女官はにっこり笑いました。

「しらほ様は、あちらに行きましたよ」

 やみめはよく考えてはみませんでした。どういうことかは分からなかったのですが、しらほがいる方向を聞いたとたん、そちらにかけだして行きました。

 ほどなくして、やみめは庭の中の開けた場所に出ました。ここでは催し物などの時に、みんながゲームをしたりするのです。

、芝生の上に寝ころがる、白い人影があります。やみめは大喜びでその人影に走りよりました。

「あれ、もうばれたのか。せっかく喜ばせてあげようと思ったのに」

 しらほはやみめが飛びついてくるかと思ったのですが、予想に反してやみめは、しらほから数歩はなれたところで立ち止まり、しげしげとしらほを観察しました。

「ん? 何?」

「しらほ、王子様になったの?」

 やみめのいかにも不思議そうな質問に、しらほはぷっと吹き出して、「なってないよ」と答えましたが、ちょっと心配そうになってやみめに忠告しました。

「やみめ、お前は本当に騙されやすいんだから、人間界には行くんじゃないよ。あっちには怖い人がたくさんいるんだから、やみめみたいなおばけが行ったら、騙されていじめられるぞ」

「うん」

 とやみめは頷いてから、でも人間界には行ってみたいなと思いました。

「大きくなったら、行ってもいい?」

「大きくなったら、ね」

 しらほはそう譲歩しましたが、本当のところ、こんなやみめですから、城の外に出すのさえ心配です。大きくなったからといって人間の世界にやるなんて、とうていできたものではありません。

でも、やみめはほっと息をつきました。しらほもいるし、大きくなったら人間界に行ってもいいのです。すべて世はこともなし、です。

 安心したところで、庭にぽつんと置いてある天使の石像が、やみめの目をひきました。石像になったお姫様の話を思い出したのです。もう一度魔法をとけるかやってみようと思いました。

しらほにからかわれた云々ということは、すでにやみめの頭にありません。「しらほ、魔法をとく時は十秒間目をつぶるんだよね?」

「え? ああ…」

 問われてしらほは、あれは嘘だと教えようかと思いましたが、嘘に気づいていないやみめに言って、これ以上傷つけるのもいやなので、そういうことにしておきました。

 やみめは天使像のところに行って、そのすらりとした顔立ちを眺めました。なめらかな大理石でつくられて、すこし上をむいたその天使は、空に帰りたがっているように見えました。

そこでやみめは、身をのりだして天使像にキスをしました。

 そうして、そのまま目をとじて数をかぞえます。

 その光景をほほえましく見ていたしらほは、すぐに目をまるくしました。天使の石像は、一瞬にして本当の天使に変わったのです。

それはまさしく、魔法がとけた瞬間の情景でした。

「ごー、ろーく、ななー…なな? えーと」

 天使は、目をとじているやみめの黒髪にそっとくちづけると、しらほの方ににっこりと笑いかけて、翼をひろげ飛んでいってしまいました。

 もちろん、やみめは何も見ていなかったので気づきません。

 十をかぞえて目を開けたときには、大理石の台座の上には、何もありませんでした。

「あれ? いない〜」

 きょろきょろと辺りを見まわし、やみめは足元に羽を一枚見つけました。でも、それだけです。

「しらほ、お姫様は? どこ?」

何でだろう、どこいったんだろう、と不思議がるやみめを眺めながら、しらほは、やみめに悪いことをしたかなと、今さらながら、少し反省したのです。

 

                            了  

 

  けっこう前に文芸同人誌に出した童話(自称)です。

  これの絵本(……)もつくりかけでどっかに放置中。